本物の健康を手に入れる方法

日本のことをもっと知りたい!と願ったら、日出る豊葦原の国、日本の神様に導かれました。ヨーロッパのフランス語圏=ガリア=正統ケルト=西のシュメール直系の地に移住した筆者が、東の地で日本古神道に受け継がれる、宇宙や自然界の秩序に基づいた縄文文化との共通項を発見!かけがえのない地球と私たち八百万の生命とが、千代八千代に共生するための叡智を、次の世代に引き継ぐための「日本再発見ブログ」です。

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本物の健康を手に入れる方法

  •  投稿日:2016-01-23
  •  カテゴリ:健康
「本物の健康を手に入れる方法」

今日は義父の定期健診の日で
病院につきそいしてきました。

私達の年齢で「介護」という言葉は
少し早いかもしれません。


義父の身体に癌がみつかってから
かれこれ、もう10年くらいになります。
夫と出会う1~2年前には
既に大きな手術をしていました。

退院してからも
リンパ浮腫と再発の恐れに悩まされ
とても安心な毎日とはいえない時間を
過ごしてきました。

私が渡欧した時点で
既にかなり激しい躁鬱を
2週間に1度の割合で
繰り返していました。

普通は3カ月に1回と言われているので
超ラピッドリピーターです。

1週間が躁で
次の1週間が鬱です。


躁状態の時は妙に軽快で
話せばとりとめなく
あれをやる、これをやる、
と大きな話をしだします。

一応現実味はあるので
家族はつい真に受けてしまい
「あれはどうするの?」とか
「じゃあ行こうか?」と尋ねると

本人は何食わぬ顔でかわされる
常に振り回される状態が続きました。

躁の状態がハイであればあるほど
その反動で、次の1週間を迎える頃には

目つきが変わり
顔色も高揚し
態度も変わります。

性格上、素直に自分の感情を
表現できない分

わざと相手を試すことを言ったり
何を話しかけても
目の前を横切っても
わざと無視したり

かと思えば、ドアに鍵をかけ
電話や携帯も全く反応せずに
家に閉じこもってしまったり

お母さんのいない
一人っ子長男の夫にとっては
ただ一人残る肉親です。

ずっと二人でやってきた分
どんなことがあっても
義父の機嫌を直そうと
とにかく一生懸命でした。

赤ちゃんが常にお母さんを探して
ぴったりくっついて離れないように


当時、小さかった彼にとっては
義父の不在や気に入られないことは
生命維持にかかわる
致命的リスクだったのでしょう。

長い年月をかけて刷り込まれた
生命活動の自然なプログラミング
が、成人したあとも強く残っていました。

ある意味、夫は
義父を支えるために
生きていたからです。

だから自分の存在を無視されたり
本心でなくても
心無い言葉を浴びせられると
一瞬でパニックを起こします。

別人かと思うほど
自暴自棄になって暴れました。
義父はそれほど夫にとって
インパクトのある存在なのです。

常に一緒にそばにいなければ
安心できないようでした。


人は、一人では生きていけない

目の前に建つ夫所有の家に越した後も
夕食だけは毎日一緒にとりました。

良いときは良いのですが
テーブルについてもらうまでに
毎日最低3回は実際に家を往復して
呼びにいかないと来てくれなかったり

やっと来てもらえても
むすっとして何も話さず
不満げな表情で
窓の外しか見ない義父に

私がイライラしてしまったり。

私もある意味、両親のために
多くの時間とエネルギーを費やしたので
複雑な感情を持つ
夫の気持ちも分かるのです。

だから自分達だけは同じ荷物を
娘に追わせたくないと思っています。


人は誰だって、愛されたい。

お互いの愛情を確認したいだけなのに
愛情を上手く表現できないばかりに
あまのじゃくな態度を取って
いつも摩擦が起きていました。

義父は同情を誘って
人の注意を引こうとする所があります。

これも8人兄弟の末っ子として
親からの愛情を引くために
増長された戦略だったのでしょう。

一方で、自分を過剰評価して
いつもVIP扱いしなければ気に入らない風で
困り果てました。

誰もが心のコアに持っている

尊重されたい、愛されたいという欲求

が、病気を理由に、甘えとなって
家族に向けられていたのでしょう。


でもゲームをしかけられた人は
自分の中で消化できない場合、
次の人にゲームをしかけるようになります。

こんなことをする自分を愛しているか
こんなことを言う自分を愛しているか

車に乗って風景を見ていても
食料の買い出しが終わり
ちょっと安堵した瞬間にも
常に私も試されました。

そしてそれに反応・反発すると
態度が悪いと逆に攻撃材料にされました。

そんな2週間をひたすら繰り返しながら、
新婚からの4年半を過ごしました。

義父と夫の両方から
2週間、無視し続けられたこともあります。

当然、「これは何だろう。」と思い
私も遠慮する方ではないので
最初は激しい喧嘩を繰り返していましたが
自分で答えを探し続けるうち

「境界性人格障害」というものに
たどり着きました。
※医師が診断したものではありません。




幼少期の愛着障害が原因の
人格不安定状態のことです。


ごく薄い繊細な線で引かれた
境界線の右と左を
まるで別人のように一瞬のうちに
行ったり来たりするのです。

普段は素直な笑顔のかわいい
愛すべき夫です。


でも引き金が引かれると、その反動で
本人が自分でどうしようもないほど
人格も行動も変わります。

しかも引き金を引くのは
全部自分以外の他人であって
常に相手が悪いという理論です。

もしあなたの

愛した人が人格障害者だったら?

あなたならどうするでしょうね^^?

残念ながらこれは
結婚前には見抜けません。

交際中は私と結婚するために
YESマンを通したと
夫が自分で言うくらいです。

調べるうちに、こういうケースは
沢山あることも分かりました。
幼児期の愛着障害が原因ですから
これから多分もっと増えていきます。

あなた自身でなくても
あなたの娘さんに起きるかもしれないです。

いくつか種類がある人格障害ですが
どれも幼少期の親子関係が影響しています。

愛着障害は現代の社会問題となっている
凄惨な事件の真相背景とも言われています。


子どものために一番良い選択は何か?

幸い、調べるうちに
我が家のケースでは
本人の精神的な成長と共に
治る可能性があることが分かりました。

ところで、

そもそもこれは病気なのか?
それとも精神病なのか?
それとももしかしてDVなのか?

私の場合は殴っても殴り返されると思ったのか
そこまで本格的に発展しませんでしたが
確かに精神的攻撃もDVのうちですから
立派な材料にすることはできます。

(ちなみに本物のDVの場合は
カップルカウンセリングを受けても
1年に亘る専門校正プログラムを受けても
おそらく希望は望めません。

先に書いたように
予め見抜けないし周囲も理解できません。
話したとしても、あなたが孤立するだけです。

解決できるのは専門家だけです。
今すぐ専門機関を訪ねてください。)


でも、人はパーセンテージが違うだけで

誰しも同じような心の闇を持っていますよね?

それが自分でも、他人でも
病気にしたければ病気にできるし、
精神病にしたければそうできます。
 
あなたの捉え方ひとつで、
これもあなたの選択です。
 
でも病気と同じで重症化する前なら
「良くなる」という選択肢もあると思うのです。

私達の場合は:

・病気の義父が原因なのか
・幼少期に母を亡くしたことか
・仕事のストレスか
・家の改装のストレスもあるのか
・国際結婚はやっぱり難しいのか…など

原因を探し挙げつらぬいていけば
きりがないほど、沢山ありました。

だからもう、考えるのをやめました。


結局原因はあって、無いようなものです。

何でも原因にしようと思えば
そうできるからです。

自分で作話して言い訳すれば
世の中いくらでも通ります。
 
でも、どんな相手であっても、

結婚を決めたのは、私自身でした。

特に私は国際結婚で
自分の意志で渡航したこともあって
誰のせいにもできないことは
明らかでした。

夫が日本に来ても、専門職なので
今と同等の仕事は探せないでしょう。
フランス系なので
英語教師もできません。

幼少期から母の看病をした彼なのに
今度はお父さん。
そんな彼に、後悔が残る人生だけは
送ってほしくありませんでした。

夫を愛していたから、などど
きれいごとを言うつもりはありません。

ただ、人間として、直観的に
自分の役割を悟った気がしました。

気のせいにしか過ぎなかったことも
否定できませんが…


天涯孤独になろうとしている人を前に
自分の役割を悟ったような気がしました。


幸い、私自身の家族は大家族なのに
元気者が多く、割と長寿です。

祖母は高齢ですが
私が子どもを産んで
幸せになる方を望んでくれるでしょう。

それでも現実には
義父に振り回される毎日で

私自身が子どものまま
簡単に人を信じて、
渡欧までしてきたことを
本当に後悔しました。

何度も血の涙を流し
何度も精神的・感情的に淘汰されました。

痛めつけた相手が倒れても
息の根がとまったことを確認するまで
攻撃の手をゆるめない

むしろ最後のとどめを刺してくるのが
ヨーロッパ人、
そして世界の標準です。


多分、裕福になった今の日本人には
理解できない闘争本能だと思います。

殺すか殺されるか。

そこに同情という言葉はもちろん存在せず
いかに相手を欺くか、世界は未だに
日本の戦国時代のような感じです。

サッカーなどの国際戦を見ていると
そういう場面がよく出てくると思います。
 
日本人が卑下する
日本の文化レベルが
実は、どんなに高いかが
分かるというものです。



それでも、


今ある環境をどうにかしたい


見えない恐怖の鎖で
心も身体もゆっくり締め付けられ
生き苦しくなっていくのを
自分で感じていました。

でも、渦中にいる間は
何故か身動きが取れないものです。


簡単には、日本に帰れない。

それなりに覚悟してきました。

そして実際日本は、遠かったです。


日本に帰れば、独身時代の続きで
地域のボランティアや
家庭菜園に飛び回り
家の中のことに手が回らない、

そんな両親の世話をしながら
一生を終えることが
目に見えていました。

18の時から家事を担当していました。
そんな長い時間を過ごしたからこそ
繰り返すのはもう、うんざりでした。

何よりも自分自身の

あたたかな家庭への夢、
子どもをもちたいという夢を
どうしても捨てきれませんでした。


結婚という神様への誓いが
そんなに簡単に破られて良いとも
思いませんでした。

やがて一度の流産を経て
新しい生命を授かり
最愛の娘が私達のところを選んで
生まれてきてくれました。

やがて娘が立ち上がり
歩き出すようになった頃、

相変わらず2週間周期の躁鬱に
振り回され続けた私達にも
限界が訪れました。

義父のことが大好きで
常に一緒に行動したがる夫でさえ
理解できない言動が
目立つようになったのです。

自宅の前にわざと分かるように
ゴミがばらまかれたり

目の前まで行って挨拶しても
義父の友人達が顔を見に来ても
無視される状態が続きました。

私達の家はすぐ目の前なのに。

義父の家の鍵はかかっていても
必要な時は応じられるよう
私達のドアは開けてあるのに。

電話もいつだって出られるし、

私達はここにいるのに。


自分で自分を客観視できないほど
自分自身を追い詰める。

これが病気の本質であり
正体なのだろうと思います。

最終的に夜中の2時に
妙な伝言が夫の携帯に残され
結局、本人は無事でいましたが

はじめて訪れたチャンスでもあったので
夫を説得してホームドクターのところに
連れて行きました。


明らかに病気の人でも
本人の同意がなければ
治療は始められません。



診察当日の帰り道、
私達夫婦は一日で10歳
年をとったような感覚を覚えました。

幸せな人生を送っていない親の
少しでも力になりたいという
子どもなりのやさしい想いがあるのに
最終的に信じてもらえることはなく

ひよこが親鳥の前で
小さな羽をばたつかせるような

そんな素朴で自然な子どもの愛情が
親に理解されないことに
むなしさで力を落としました。

私達は、一緒に夕食をとるのをやめました。

来ない人を呼びに行くことを、やめたのです。

他人であるドクターの前で
そんな義父の行動を話したのは
確かに、義父にとっては
恥だったかもしれません。

でも1歳2か月の娘が歩き出し
もっと手がかかるようになってきて

もう私達だけでは
VIP扱いを要求する義父を
支えきれなくなりました。

それでも一人息子の夫にとっては
罪悪感に苛まれる悪夢。

結局、私達の家から
食卓テーブルがなくなりました。

その後、約1年半の間
私と娘は日本式に低いテーブルで食事をし
椅子文化で育った夫は
別の部屋でTVを見ながら食べました。

義父と一緒に食事していた頃は
みんなで揃って食事していたのに?

義母の早世で、ずっと二人だけの
男所帯だったので、
長年の習慣は簡単には変わらないものです。

もしかしたら義父も
TVを見ながらソファで食事したかったのに
それが不満だったのかもしれません。

その後もう一度
義父との距離を大きく取り直し

結婚5周年を迎えたころ、
私達はようやく少し
光を感じ取れるようになりました。

日々成長する娘と共に

家族3人で過ごす時間に
手ごたえを感じるようになりました。


昨年のクリスマスからは
また義父と一緒に夕食を食べています。
今の私達はごく普通の
静かに幸せに暮らす家族です。

今思えば、あの4年半は
何て無駄な時間の使い方を
していたのだろうと思います。

それでも、力づくでも
病気の義父と一度
大きく距離をとったからこそ

今、本当の4人家族になれた
私達があります。


あれから義父は私達夫婦に期待して
コントロールしようとするのをやめ
孫である私達の娘のために
生きるようになりました。

どんな人であろうとも
娘は、パパもママも
そしておじいちゃんのことも
いつでも大好きです。


人を信じられない人は
自分のことも信じられない


その後は可愛い孫娘のための
良いおじいちゃんに徹してくれています。

それでも時々不安定なこともありますが
義父が自分で感情の波を
コントロールしようとしているのが分かります。

無駄に過剰反応されることも
なくなりました。

だから自分でコントロールしようとすれば
元から自分でできたのです。



私は不器用かもしれませんが
どんなに努力しても分かってくれない時は
最終的にかなり激しく想いをぶつけます。

そこでハッと我に返り
普通の日常生活に戻った人は
私の人生でふたり目でした。

鬱は自分への甘えという”余裕”から
深みにはまるケースもあります。


ある日、いつものように
週末に流れてくる授業の中で

喜怒哀楽のあらゆる感情は
麻薬のように常習性がある


ということを仙人さん
話されていました。

私はハッとしました。

私達夫婦二人ともが
それぞれの親によって
人生の半分を翻弄されてしまった
謎解きができたようでした。



もし病気のドクターが
義父の心の闇に気付いていたら

多分、こんなにも一人で妄想をかかえ
正体の分からない化け物に怯えながら

神様から頂いたかけがえのない貴重な日々を
過ごす必要もなかったでしょう。

もしかしたら、病気そのものにも
無縁でいられたのかもしれません。

でも、自分の本当の気持ちを
伝えようとしなかった彼自身も悪いのです。

本当のことを伝えないから
話がいつも複雑になります。


原因は、誰にも分かりません。

少なくとも私達夫婦二人は
アダルトチルドレンにならずに
もっと早く、少なくとも10年は今より早く
幸せを手にしていました。

それでも、私達は自分で気づいたから
自分の人生を取り戻せたようなものです。

家族の絆を取り戻して
幸せを実感できるようになった
今だから言えることですが、

私達夫婦間の摩擦は、

自分たちの心の闇を直視して
デトックスするための過程でした。


仮に私がここを去り
別の人と結婚できたとしても
うまくいってはいなかったでしょう。

私達のような人は
他にも沢山いると思います。

でも本当の幸せに気付くためには

まず、

本当の健康を手に入れるためには
心も身体も、健康でなければいけない。

これまでになくおだやかに
1年半が過ぎた頃、

突然、義父は数カ月うちに痩せ細り
みるみる小さくなってしまいました。

今日はそんな義父が
結果は良くないことを知った上で
足に力の入らない震える身体で
出かけた血液検査でした。

あれだけ強がっていた義父なので
息子や嫁に自分の弱っていく姿を見せるのは
本望ではなかったと思います。

今は小さなことでも
「ありがとう。」とお礼を言うんだと
夫が話していました。

あれだけ助けられるのを嫌っていた義父が
やっと私達の手を
握ってくれるようになりました。

義父を待つ待合室で、あるポスターが
目に留まりました。

健康抗生物質

「抗生物質を取りすぎるのは、やめましょう。
あなたはもっと健康になれます。」


このポスターを見ながら、ふと思いました。

日本にも、こんなポスターが
病院に貼られているのかな。

インフルエンザにはタミフル、とか
メディアはいろいろ言いますが、
結局は全部、製薬会社の
一大プロモーションによる刷り込みです。

身体の自然な防御反応である症状を
薬でおさえてしまうことで
生き延びたウイルスは
もっと強くなることが分かっています。

身体の自然治癒の過程を
薬が邪魔してしまうのです。


もちろん、本当に必要な
重篤な場面もあるでしょう。

ただ、風邪が数日間長引いたとしても
自分の健康のためには
自分自身の免疫機能を
高めることの方が大事です。

感情中毒や鬱も同じことで
考え方を変えることで
私達は、もっと健康になれるケースも
多いような気がします。

なるべく抗生物質を使わないことと
なるべく他の誰かや何かに頼らないことは
共通点があるように思えました。

自分が求めるゴールは何か。
それを他人任せにしてしまうから

結果、思考もウイルスも
正体の分からないお化けになってしまうのです。


全てのケースを否定する訳ではありませんが
現代人が簡単に抗生物質を使いすぎることは
往々に指摘されています。

抗生物質を入れるなら
科学的に合成されたものではなくて

臭すぎることで有名な、フランス産の
アオカビチーズを普段から食べるとか、
もっと、自然界にある食べ物から
日常的に摂取した方が賢明と思います。

感情中毒も、手軽に何かや
他の誰かに頼るのではなくて

重症に陥ってしまう前に

自分である程度自分をコントロールするための
トレーニングを習慣化する方が先かもしれません。


もし私が自分たちに起こっている現象を
誰かや何かのせいにして
誰かや何かに頼っていたら
根本的に問題解決したでしょうか?

私は、そうは思いません。

苦しい作業であったとしても
何もかも一度、
洗いざらい膿をだしたからこそ

心から幸せと思える瞬間を
積み重ねていける
今の私達があります。

仙人さんは同じように

原因思考より、結果思考

過去は未来ではない

と、授業の中で話されています。

原因をいくら考えたところで
何も変わりません。

大切なことは、
良い結果をもたらすために
今の自分をただして
ただひたすら進化すること。

結婚から丸6年、
私達が今やっと本当の家族になれたのも
幸せな家族という
二人のゴールが重なったからだと思っています。


人間は、弱い。
私だってそうです。

独身時代、幸せと言えなかった私は
病院をよく自分の
ヒーリング代わりに使っていました。

歯医者・喘息・健康診断などなど…。

1か月に一度のチェックと薬をもらうため
使わなくて良い費用と莫大な時間を
だいぶ病院に寄付しました。

そんな私も授業を聞き始めてから
本当に病院にかかることをしなくなりました。

最愛の娘の咳がひどくても
安易にドクターに頼るより

自分でしっかり見てあげた方が良い

と、考えるようになりました。

病院をはじめとする医療業界との
上手な付き合い方を学んだことで

自分の健康は自分で守る

というマインドセットが
身に付いたのだと思います。

私は元々、小さいころから植物が大好きで
図鑑で身近な草花が
昔からお薬として使われていたことを知り

切り傷・擦り傷ぐらいは
そのあたりの雑草から薬草を探して
自分で手当していました。

仙人さんの授業を受けるようになったのも
ハーブを利用した自然療法が学べるところに
惹かれたという理由もあります。

ヨーロッパではそういう
自然療法の利用がもっと顕著で

中世の魔女が使っていたのでは?

と思うような
アロマテラピーやホメオパシーなどが
実生活でよく利用されています。

富裕層は特にそれが顕著で、

イギリス王室も
ホメオパシーがお気に入りだそうです。


ホメオパシーは波動で治す、という
すごく抽象的な治療法ですが
町の薬局に行けば、関係商品が
普通に置いてあります。

信じられないかもしれませんが
総合病院であれば
ホメオパシー専門の診療科もあります。

もちろんドクターの資格を持つ人が
自分の専門として応用している訳ですが

TVニュースで伝えられるように
大きな製薬会社が
原住民の伝承にある薬草を乱獲し
絶滅の危機にさらしている

という社会問題が
現実に起こっていることを見ても、

そんな古くからの自然治癒療法に
本当の最先端科学が隠されているのでは?
と感じ始めています。

これは何も医療現場のみならず

今年になって
新しい元素記号が4つの追加された科学や
(ひとつは日本の発見Uutです!)

何万年も昔のことを最先端技術で追い求める
考古学の分野でも同じことが言えます。

今、真実や常識とされていることは
刻々と移り変わっていく


ここに科学の本当の面白みと
醍醐味があるのではないでしょうか。

科学的にまだ証明はされていないけど
拒絶する必要はない。
そんな懐の深い考え方が
日本にも広まれば良いな、と思います。

私のこういう小さい記事でも、どこかで
必要とする人の役に立てば幸いです。

そして一人でも多くの人の心の闇が
晴れるように願っています。

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