西洋医学の終着点~集中治療室 No.14 あなたに会いたくてPart9 BIOレシピビオキッチンヨーロッパ鳩  
今朝、ちらついていた雪は

自宅に戻る1時間後には

見る見るうちに10センチほど積もり、

フロントガラスが雪嵐で真っ白になりました。


帰ると、忘れないよう

パパに届けるために

庭の隅で咲き始めた

小さな水仙の花を摘みました。


今週半ばから症状が出てきた

私達のインフルエンザの熱は

なかなか下がってくれません。


朝、面会に出かけたものの

昨晩眠れなかったこともあって

身体の限界を感じ、


昼間の面会は

熱のある娘と自宅待機したいと

言いました。


夫が驚いて「行かないの?」と

私達を強く誘いましたが、

身体が動きません。


同時に、耳の中でこだまする

悪魔の子守唄が流れる

あの恐ろしい集中治療室へ行くのも、

心のなかで強く拒否する自分がいました。


”今日の昼間だけ家に居させて。

夜はパピーに会いに行くから。”


夫が”ちぇっ、”と

「大事な場面ではいつも自分一人なんだ。」と

当て付けを言うので、


「分かった、一緒に行くよ。」と

準備して娘と夫のあとを追うと、


すれ違いざまに「バイバーイ!」と

作り笑顔で手を振りながら

一人で車に乗り出かけていきました。


正直、人が死ぬのも

また生まれるのも、

こればかりは計画することができません。


午後がその時になるかもしれないことは

十分、分かっていました。


通常は夫の携帯に連絡が入るはずですが、

それが面会時間であったなら

私に連絡が来ることはないでしょう。


でも、この時の気持ちを正直に話せば、


ずっと看取るつもりでいたのに、

その時、夫のそばにいるつもりだったのに、

いざとなると恐ろしくて、

身体が動かなくなりました。


唇がこれまで経験したこと無いほど

カサカサに乾き、

皮膚が固くなりました。


この日は度々、

これまで経験したことないような

腰痛にも襲われました。


こんな事は初めてでした。


私も夫も、心の何処かで

次が重要な場面になることを

お互い察知していて

身体が反応していたんだと思います。


面会終了の時間になっても

なかなか電話がなく、

1時間ほどハラハラしながら待ちました。



「ごめんね、少し時間をもらったから」と

その後かかってきた夫の電話に

全神経を集中させて、


一言一句、

取り間違いがないよう

注意して聞き入りました。


装着すればもう話せないと言われていた、

人工呼吸器がつけられたそうです。


それでもパパが苦しがったので、

ドクターが、


「眠れるよう、これからお薬を入れます。」


と本人に伝え、

「今、パパはお薬で眠っている。」

という事でした。


私は ”えっ、” と

思わず息をのみました。


台所で電話を握りしめ、

直感的に

”殺したんだ!” と思いました。


”どうして?”


あんなに意識がはっきりしていて

最後の最後まで

生命の限り戦おうとするパパが、


私と”娘”にもう一度会う前に

それを承諾するとは

どうしても思えません。


来る時が来たのかどうか、

それは分かりませんが、
無念で涙が溢れました。


が、一人親で長年ふたりきりで暮らしてきた

夫が承諾し、立ち会ったのであれば

私は受け入れるしかない、でも―。


私は医療に関しては素人です。

だから素直な、変な質問もします。


でも、がん患者の家族として

6年間一緒に時間を過ごしてきて、

本人の日頃の悩みも苦しみも

見てきました。


それらを全て分かっていて

がん患者をサポートするはずの

ドクターが、


例え身体の寿命が来て

可能性は低かったとしても、


まだはっきりと意識があり

生きるための戦いを続ける人に

「眠りましょう。」と睡眠剤を入れる。


ベッドで抵抗する力さえなく

横たわるがん患者と、


睡眠剤導入を決めることも

実際に入れる権限もある

元気で慈悲のかけらもないドクター。

(もしくはあふれすぎる慈悲の心で)


あくまでも本人は

どんなに苦しくても

意識ある最後の時まで

生き抜くつもりでいたはず。


なのに、
「そんなことってありえるのか?」と

起こった出来事の意味不明さを

感じずにはいられませんでした。


後で調べて分かったことに、

末期医療の現場でよく言われる

「クオリティ・オブ・ライフ」の他に、


「クオリティ・オブ・デス」という

言葉があります。


直訳すると「死に方の質」ということです。


この言葉がまさに

私の心に湧いた疑問と一致すると感じます。


私は命の限り精一杯生きた義父の

人生を否定する訳ではありません。


”でも、こんな時、

がん患者である本人の意思はどうなるの?”



だから私はできるだけ情報が欲しくて、


「苦しいからって、どうして

眠らせなければいけないの?」と

質問をぶつけました。


そして「体力温存のためだよ。」と言われ、

がっくりと肩の力を落としました。



少しでも長く生きるために


パパは眠っている。


お薬を入れた人の手で。



頭の中が混乱しました。

どう受け止めたら良いのか

分かりませんでした。


とにかく夜を待って、

本人の様子を見るしかない、と

思いました。



後で夫に話を聞くと、

この時のことは

よく覚えていないようなので、

事実関係が曖昧です。


ですから私が今、

覚えている範囲のことを

記録しておきます。



私が把握している範囲の話では、

パパが取り乱した様子が見られたので

「大丈夫だよ(怖がらずに)頑張って」

と励まし…、


多分、夫は一度ここで

集中治療室を出るように言われ、

待合室で待機していたのかもしれません。


眠ってからのパパに

自分はどうしようもなく、


パパに見せようと思っていた

娘が母の日に送る

「ママの歌」の替え歌で、


”パピー、パピー、(おじいちゃん、おじいちゃん)

パピーは私の愛しい人♪”


と歌うビデオを見せらなかったので、


せめて娘がそれを歌う様子や

庭で遊ぶ姿、

今年生まれた子羊たちなどを撮った

携帯電話に記録したビデオを


パパの肩にあてながら、

眠っている(眠ろうとする)

義父にしばらく聞かせたのだそうです。



つづく


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