西洋医学の終着点~集中治療室 No.12 あなたに会いたくてPart7

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西洋医療という面から言えば、
すでに高額医療の域であることは
間違いなく、

ドクターや夫の言う通り
手をつくしていることには違いありません。

何か他に方法はないのか―。


いよいよになって
「腎臓 中医学」で検索してみた私の目に、
一番に飛び込んできた言葉が、

「恐は腎を破る」。

中国最古の医学書と呼ばれる
『黄帝内経』に記された言葉だそうです。

やっぱりそうか、と砂を噛む想いでしたが、
過ぎた時間を巻き戻すことはできません。

小さい頃に早世した母親に継いで
今度は父親を看取らねばならない夫に、
「手を尽くせなかった」後悔だけは
させたくないとも思っていました。

第一、ここは日本ではありません。
病気や死に対する
人々の考え方も違います。

私が安易に口出しできることでは
ないのです。

でも、読み進めていくうちに、
思い当たる内容がいくつもあることに
気が付きました。


こんな、いよいよになって
”縁起でもない”と思い込んでいた内容を
検索することになるのなら、

もっと早く躊躇せずに
最初から向き合うべきだったと後悔しました。



しかも恐れという感情の中でも
自分の存在自体に対しての恐れがある人に
元々腎臓が弱い人が多いこと、

また短期間で目に見えて老化するケースも
腎臓が弱くなっているサインであることも
分かりました。


確かに、いくら病の床で
気丈にいるとはいえ、

普段あれだけ怖がりな義父が
入院してからの1ヶ月弱の間に
立て続けに計6回の手術を
受けなければならなかったこと、


5回目の手術の後に
義父が私の前で見せた涙、

家に居たこの半年間の間も
日に日に目に見えて衰え、
70歳のはずが
90歳にしか見えくなってしまったこと、

恐怖にさらされた義父を
「ドクターの話を信じて、
病院のシステムに頼るしか無い」

そんな表面的な理由で
私だけでも本当の義父の気持ちを
受け止めてあげられなかったことに
後悔の念が湧いてきました。


目に見えるサインはいくつもあったのに、
もっと早くちゃんと把握できていれば
何かできることがあったかもしれないのに、
義父を孤独にさせてしまった。

私は何て冷たい人間だったんだろう。



無念としか言いようのない
後悔に襲われました。


そして何より、

7人兄弟の末っ子として生まれた義父が
実の母親から、

「お前なんて欲しくなかった。
お前なんて生むつもりじゃなかった。
(だから働いて、家にお金を入れろ。)」と、


母親から軍隊に入れられ、
オランダ語の教師になる道も閉ざされ、

さらにベルギー空軍で航空管制官となり
生きがいを見つけた後も、

”給料が多い”という理由で
家族の希望で国営電電公社への道を選び
約束された将校の道を閉ざされたこと―、

さらに、その後も度々、
母親の財布代わりに利用されては、

他の”お気に入”りの子どもたちに
お金が流れていた話を聞かされていました。
(当時こういう話は多かったようです。)


こういう生い立ちがリミティング・ビリーヴとなり
自分が本当に欲しいものも、やりたいことも
全て”実現不可能”と
自分の中で思い込み、

わざとあまのじゃくな言動をして
最後まで何でも物事が複雑に
込み入りすぎていた義父。


でも、あえて厳しいことを言わせて貰えば、
一番悪いのは、本人です。

何があったとしても、
最終的に決断するのは自分。

自分の人生を人のせいにはできない。

何でも人のせいにしてしまえるのなら、
それは自分が本当に
欲しいという訳ではなかったことに
気づかなくてはいけない。


冴えなかった自分の人生に
”もしかしたら他の道があったのでは”と
言い訳と、ないものねだりと
ワガママを言っているだけの話です。

それでも戦中生まれの義父の世代は
私達には理解できないジレンマを
抱えながら生きたことでしょう。
完璧な人間なんて、どこにも居ないのですから。

 そして、私達は人間として生まれ、
人間として死んでいく。

新聞のインタービュー記事で学者の人が
話していた通り、
「人は皆、死ねるようにできている」のです。


いつかは皆、死んでいく。
亡くなった祖父だけでなく、
今、逝こうとしている義父だけでなく、
この私も。

だから、せめて今生に生きた
義父の人生を肯定してあげなければと
思いました。



今生、義父が一生渇望した
母親からの愛情は
得られなかったかもしれないけれど、

妻からの愛情も、病死で
絶たれてしまったかもしれないけれど、


あなたがこの世に生きたことで、
今の私達があり、
せめて私達から「愛された」という記憶を
胸に刻んで次のステージへと旅立てるように、


私達にとって彼は”居て良い” 大切な家族だということを
どうしても伝えなければ、と思いました。



でも、これも私の単なる
思い込みと傲慢さに
過ぎないのかもしれません。

本当は、そんなこと
死の間際になって
わざわざ伝えなければ
ならないことではないからです。

今更うまくできすぎた話でしょう、
これまでも沢山、
家族の時間はあったのですから。

本当に、もっと普段から
素直に接していられたら
お互い愛情表現するチャンスは
いくらでもありました。


でも本人も周囲も、
これからも生きることが前提だったから、
まだ
伝えきれていないことがあります。


つづく

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