西洋医学の終着点~集中治療室 No.11 あなたに会いたくてPart6



BIOレシピビオキッチンヨーロッパ高原


夜の面会に向かう頃には、
もう3月だというのに
気温もだんだん冷たくなって、

私たちは不安と心細さが
入り交じる気持ちの中、
ただただ、
義父の無事を願うばかりでした。


集中治療室に着くと、
義父の腎臓透析が開始されていて、
血圧も58から68に戻っていました。



腎臓透析マシーンの力だと
頭では分かりつつも、

家族としては、やはり
容体が少しでも安定すると
正直、ホッとします。

義父を励ますつもりで
「良かったね、頑張ったね!」と
私達は言いましたが、
義父からの反応はありませんでした。


一方で、隣のベッドの
黒髪のメガネをかけたおじちゃんは、
面会のたび、

撒き散らした糞尿や
自分で抜いたという透析中の管で
汚れたベッドを、
毎回看護婦さん達が掃除していました。



人間は弱い生き物とはいえ、
「人は生きたように死ぬ」の言葉が
頭の中をよぎりました。


それに比べたら、
生きるためならどんな苦痛にも黙って耐える、
義父の戦う姿は
本当に立派としか言いようがありません。


義父が生きるために、
そして家族のために
文字通り生命をかけて

こんなにまで頑張ってくれるなんて、
私達の想像以上で
正直、私達が一番びっくりしたのです。


ただ、この頃には
私達が話しかけている時意外は
目を伏せて、
だいぶ息苦しそうにしていました。

根っからのヨーロッパ人の義父ですから、
これまでは意地悪も散々されました。

でも、それも私が
「もう良いよ。」と声を掛けたくなるほど、
生きているうちに
すべて自分で精算してくれたと思います。


帰り際、義父が見えなくなる前に
立ち止まり、
私は娘をしっかりと高く抱き上げて

「これがあなたのおじいちゃんよ、
こんなにパパとミミちゃんのために
一生懸命頑張ってくれているんだよ、

立派に戦うおじいちゃんの姿を、
しっかり覚えておきなさい。」


と言いました。

そして集中治療室の長い通路を歩き、
生の世界へと繋がる
待合室へと戻りました。

それでも、この頃はまだ
義父も少しは話せていて、
後から戻ってきた夫によると、


良いかどうかは別として、
ドクターは本人にすべて告知しながら
処置をすすめていくため、

義父は自分の置かれた状況を
よく理解していたそうです。


腎臓透析の経験もあったので、
バッグの水が黄色になっているのを見て、

「早く帰れ、交換しなきゃ。
お前がいたら、ナースが来てくれないから。」と
何度も夫を即したそうです。

昨日も義父が毎週楽しみにしている
金曜の夜のTV番組も
「録画したか?」と訊ねるなど、

本当にこの状況の中で、
ここまで義父の意識がはっきりしていることには、
毎回私達の方が驚かされました。

刻々と変わる事態を把握しながら、
果たして自分なら
耐え切れるだろうかと思います。



つづく



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