西洋医学の終着点~集中治療室 No.9 あなたに会いたくてPart4

BIOレシピビオキッチンヨーロッパマレッツ大聖堂 

(ベルギービールで有名な地元のマレッツ修道院)

一旦家へ戻ってから
午前中は3人一緒にベッドに横になり、
休息を兼ねた家族のひとときを過ごしました。

こんな時は、身近な自分の家族の存在が
とても大切な癒やしとなります。
お互いのかけがえのなさを確認できるからです。


それから義父のペットの羊の世話などをして
午後の面会へ向かいました。

雨上がりのまだ厚く垂れ込めた雲の合間に
虹がかかっているのを見つけ、
それを義父にも報告しました。

「今日はお天気が良いですよー、
パパの庭はお花がきれいで、
羊達も元気です、」と言うと、

そう?と安堵したように頷く義父を見て
義父がもう1ヶ月近くも、
外の風景を見ていないことに、
改めて気付きました。

3歳の娘はまだきちんと事態が呑み込めませんが、

おじいちゃんが病気で入院していて
部屋を変わったこと、
決して回復には至っていない状況であることは
幼いながらよく理解しています。

昼間の面会に3人で行った時、
大きな装置がついているベッドに
力なく横たわる姿を見て、

「あぁ、可哀想なパピー(おじいちゃん)…。」と、
自分から小さな手を”パピー”の手に重ね、
首を横にふって、私達を驚かせました。

モニターと延命装置のついたベッドの中で
呼吸も次第に弱くなる義父と、
幼稚園を休ませてのこんな状況であっても
日に日に、確実に成長している娘。


楽しい幼稚園とはかけ離れすぎた
無機質な集中治療室に伴わせるのは
正直、申し訳なく思いましたが、

それは分かってこの家族を選んできた
強い娘なので、
私達は毎回娘を連れていきました。

むしろ、いつも一緒の4人家族なのに
1人だけ置いていくほうが不自然だし、
考えられませんでした。

まだ腎臓透析が始まっていなかったので
私は不思議に思いながら、

「大丈夫、大丈夫だよ、パピー」と
額に手をあてながら声をかけると
頷きましたが、

「私達はいつも一緒よ、
パピーとパパとママとミミ、
私達はこれからも家族の物語を
続けていくんだからね、

愛してるよ、大丈夫だよ、」と伝えると
少しハッとしたように、
私を見たことを覚えています。


彼の意識が今も驚くほどはっきりしていることは
分かっていたので、言葉は選びましたが
私の言葉はふたとおりに取れると思います。

アルデンヌの森の騎士道精神で
最後の最後まで生きることを諦めない、
死ぬのを受け入れるなんて認めない、

そんな文化の中に生き、
今も生きようとして戦う人に向かって
「死ぬのは怖くないよ」と暗喩的に伝えることは
ある意味残酷だったかもしれません。

余計なことだったかもしれません。

でも、もし怖がっているとしたら、
今のうちに伝えた方が良いし、
安心できるのではと思いました。


私は日本人に典型的な神仏混合文化の中で
小さい頃から太宰府の寺社仏閣に囲まれ、
ある意味自然に、悠久の歴史と
自分の小さな一生を対比させながら育ちました。

緑の中の境内で
仏様のお顔とそのたおやかさを見ていると
すんなりとそれが受け入れられます。

でも、カソリック、トラピスト修道の聖地のど真ん中で
若くして愛する妻と母に旅立たれた二人にとって
イエスは彼らを見捨てた神であり
彼らには信仰がありません。

心情は分かるのですが、
常に死や病気を忌み嫌い、
極端なまでに避けているのを感じていました。

でも、それではこれから向かおうとする「死」が
意味のないものになってしまうと思いました。



つづく


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