西洋医学の終着点~集中治療室 No.6 あなたに会いたくてPart1


BIOレシピビオキッチンヨーロッパすいせん

3月だというのに
ぼた雪が舞う
今年最後の冬の朝、

約1か月間の義父の入院生活で
はじめて夫の携帯が鳴りました。

とっさにお別れの時が来たことを悟り
ベッドから飛び起きました。


抗がん剤の副作用による
免疫機能の低下の中で発症した
8種類以上の敗血症の処置が
上手くいき始め、

来週は退院かも、という話も
出ていました。


毎日夕方回診に来るドクターの話に
家族は一喜一憂しながらも、
入院してそろそろ1か月。

毎日付き添う夫にも
多少疲れは見えたものの、
私達には毎日のルーティンとして
お見舞いも生活の一部でした。

ほとんど常にモニター監視付きとはいえ、
この2週間は比較的安定した状態で
これまで来ていました。

前週末もいつも通り
当然のように3人でお見舞いに行き、
夫が普通に夕食を食べさせていた姿を
はっきりと覚えています。


私の料理にはいつもイマイチ
納得がいかない義父ですが、

私が差し入れた
義父の好きなりんごのコンポートも
驚いたことにきれいに丸ごと食べてくれ、
秘かに心の中でニンマリしました。


帰る間際、
諦めふてくされモードの義父の姿に戸惑う夫を見て、

「また!
生きている1日1日がボーナスですよ!」と
私は言い放ちました。


「Oui, oui、」

そんな返事に思わずムッとし(笑)、

「こんなに献身的に付き添っている夫に
何でそんなこと言うんだろう。」と
怒っていました。

でも弱みを見せられる家族がいることは
せめてもの救いです。
がん患者を抱える家族にとっては、
よくある光景です。


翌日、今日もお見舞いに行く夫に
「パパにもう来週は退院かもしれないから、
もう少し頑張ってって、伝えておいて。」
と、ことづけました。

あのまま別れた前日のことが、
なんだか頭から離れなかったからです。



火曜日、午後は毎日病院でつきそう夫から
今回の入院中で6回目となる手術へ
これから向かうという連絡がありました。

えっ、6回目!?
前回2回にわたった抗生物質を大動脈から入れるための
”難しい手術”をあんなに頑張って
やっと終えたばかりなのに!?


とっさに、
前回の手術から放心状態で戻った義父を見て
私が日本語で「頑張ったね!」と
思わず額をなでて声をかけると、

私の顔を見て安心したのか、
何度も頷きながら
泣き出した義父の姿が脳裏をよぎりました。

何故一番太い血管であるはずの大動脈への手術が
困難を極めたのかというと、
これも化学治療・放射線治療・抗がん剤の副作用で
血管が細くなっていたからです。

前の手術であんなに怖がっていた義父。
ただでさえ体力が弱っているのに、
また追い打ちをかけるように手術なんて、どうして!?

「どうして今、手術の必要があるの?」と夫に尋ねると
「前回の装置も、いつ感染症を起こすか分からないから
外す必要があるらしいんだ。」という答えが返ってきました。

こちらではインフォームドコンセントも
患者本人にするので、
自分がどんな状態であるのか
良い悪いは別として、必ず知らされます。

それにしても、それだけ柔軟に
そして臨機応変に対応してくださっているとも言えますが、
いつも告知から手術までが急すぎる気がしました。

入院して「病院というシステム」の中に一旦入ると、
そこから抜け出すのは至難の業です。


確かに、今回分かった敗血症の感染源のひとつは
この10年間、胸部に取り付けたままになっていた
器具部分からのものでした。

私はずっと「何故何年もつけたままにしておく必要があるのか。
第一不便だし、見かけも悪いし、
精神的にも参るじゃないか。」と思っていました。

結果、ここから細菌感染して内部に膿がたまり
体力や免疫力を奪っていたなんて、笑い話にもなりません。


それに日本で言えば「旧電電公社」にあたる
”良い保険”に入っている義父は、

元々治療法が解明されていないがんなのに
何度も何度も1度に100万は入る”手術”を施行されて
医療ビジネスの良い餌食にされているだけじゃないかと
かなり疑いました。

何でも理由にして、お金儲けてるだけじゃないの?
日本であればこの状態で、
これ以上体力を奪うようなことはしないのでは?


でも私は医療のプロでも何でもないので
本当のところは分かりません。

日本なら高額医療にあたるでしょうから、
実際ここまで治療を受けられる人は
むしろラッキーなのかもしれません。

それよりも西洋の考え方では、

「救える可能性があるのにそれをしないのは、
自分から死を選ぶようなもの。」

だから絶対に仏教や日本の武士道の切腹のように、

「やがて来る自分の死を受け入れて、
心の整理をするなんて、敗者のすること。」

という考え方をするようなので、
日本で耳にしていたような”最先端”の

「安らかな最後を目指す」ような終末医療を
実際ヨーロッパでは、あまり見かけることがありません。


日本人の私からしてみたら
「苦しいだろうな。」と思います。
心の整理も身辺整理もできないまま
その時を迎えるしかないなんて。

だから夫も義父もひたすら
「生」に向かうことしか選択が無いのです。

確かにここアルデンヌ高原には
武士道ならぬ騎士道精神があって
古代ベルガエ人からの

「森に暮らす戦う人」という
戦士としての誇りと伝統が
そうさせるのかもしれません。



手術後、「戻ってきたけど、パパが泣いてる。
今は寝たり起きたりしてるけど、うなされてる。」
と連絡がありました。

その後「これから帰るよ。」と
夫は普段通りに帰宅しましたが、

先週末から熱を出していた夫に続き
私も午後から体調を崩し、
晩御飯の準備もろくにできないまま
動けなくなりました。

娘の幼稚園が午前中で終わる水曜の午後は
いつも家族ででかけるお見舞いの日でしたが、
この日はじめて夫と娘だけが病院へ行き
私は丸一日、ベッドの中にいました。

誰の体調が悪くても
病気の進行は待ってくれません。


週末にはお見舞いに行きたかったのです。


夕方、「ミミが車で吐いた!」と夫から
パニック気味の電話がありました。


しまった!
1週間早く幼稚園を休ませるべきだった!と
思いました。


ベビーカーで幼稚園に通う私達を
近所の世話好きのおばちゃんが
誘ってくれるのは、寒い季節なので
私も助かってはいたのですが、

おばちゃんちの3人の子供達のうち、
最初の1人目が学校を休んだ後、
2人目が学校を休み始めていたからです。

私の熱も、どこ経由で来たものか怪しいもので、
この状況の中では苛立ちました。

抗がん剤の副作用で
免疫システムがほとんど機能していない
末期がん患者の義父と
1年前から幼稚園に通い始めた娘。

どんなに気を付けても
義父に感冒をうつさないようにするのは
毎回不可能で、この1年間
かなり私達は気をもみました。

人の生命がかかっているのに、
なんで2歳半から義務教育なの!?
学校なんて必要ない!と思いました。

(実際、かなり幼稚園も躊躇なく休ませましたが、
それにも限界があります。)

でも幼稚園の先生達は、
そんなこと誰も理解してくれません。


「義父が入院して車がないから」と
雨の中、お昼は誰もいない教会で
二人でパンをこっそり食べて
娘を幼稚園に送り届けようとすると

担任の先生から、

「まだ時間じゃないから(今は私は引き取りたくないです)。
学童担当の人が体育館にいますから
そちらへ行ってください。」と苦情を言われ、
翌日、早速嫌がらせをされました。


ただでさえ義父の入院で
毎日駆け回っている私達のところへ
「校長先生」から夫の職場へ電話があり、

「娘さんのクラスでまだおむつをしているのは
たった二人だけです。
今日も教室で靴もはいていないから、届けてください。」と
大騒ぎされました。

確かにその日は寒かったので、
マフ付きのベビーカーで登校して
靴を忘れたことには気が付いていました。

急いで予備の厚靴下をニ重にはかせ、
大雨だったのでしまったと思いながら、
靴は3時間後のお昼休みに
届けようと思っていました。

それに将来ある子どものおむつなんて、
老人の末期がんに比べたら
何の問題も無いでしょ!

文句があるなら今朝顔を合わせた時
どうして私に直接言わないの?


外遊びの時間はランチの後だし、
大雨だから、教室の中にいるだけでしょ?

大雨の中、すぐにずぶ濡れで現れた私を見て
校長先生は、

「…まさか徒歩じゃないですよね?」

「義父は入院してますから、もちろん…
徒歩に決まってるじゃないですか。
(義父が末期がん患者なのは、あなたも知ってるでしょ?)

靴のことは知っていますが、
厚めのカバー靴下をはかせています。

靴がそんなに必要なら、
体育用のものを担任の先生が
管理してるでしょ?探してください。」

靴とおむつのことで大騒ぎになりましたが、
結局体育用の靴は出て来ず、
おむつもまだクラスの殆どの子たちが
していたのでした。(おむつ変えの場面見たので。)

ヨーロッパ人は本当に
性格悪いです。
弱みを見せようものなら
すかさずそこをついてきます。


でも、この時は義父のこともあり、
先生達の前でも
悔しくて涙を抑えられませんでした。

でも、誰も他人のことなんて
何とも思っていないのですよ。

Il sont fous ! (They don't care. ) です。


ヨーロッパ人でも何人でも
そして義父の兄弟さえも。

一緒に暮らす家族以外は
どんなに親しい間柄の人であっても。

毎日のお見舞いでただでさえ忙しい中、
「お義父さんはどう?」と
逐一訪ねてきて
込み入らない程度に状況を伝えていた人でさえ、

本当はお見舞いに行けない言い訳をしたいだけで、
話をしてもそもそも内容をちゃんと聞いていないし、
どういう状況なのか、全くピンとこないようです。

ましてや理解なんて
してくれる訳がありません。
がん患者を抱える家族の大変さも、
がん患者本人の頑張りも。

「必要な時は連絡してね。」って、
「今どこに入院してるの?お見舞い行くから。」
という意味じゃなくて

「死んだときに、自分だけ知らないのは不愉快だから
教えてね。」ってことで、
通夜にも葬式にも来ない人達です。


ここ数年での人間の質の低下は
前々から気付いていますが、

病気を抱える人の気持ちも
その気持ちを支える
家族の気持ちも分からない。

想像力もなければ、恥も知らない。

以前、カール・ラガーフェルトさんが
「人がどんなに無能かを証明するために
俺は働く」と言っていましたが、

人間は本当に
なんて愚かな生き物なんだろうと思います。



相手の気持ちが分からなくて、
人に生まれてきた意味があるんだろうか?


でも、人間の進化の過程において
人間の脳のうち、人間である部分は
5%だけとも言われているので、

そう考えると
彼らのせいでもないです。
地球上にいる人間のうち
5%しか、人間ではないのですから。

私はそのことを先生に教えてもらって
人に期待することも
責めることもやめました。

ただ、私は人間みたいなので
あぁ良かったかな、と思うだけです。

だから決して楽なことばかりじゃなくても
意味のある人生を送って、

大好きな家族に囲まれながら、
できればなるべく健康な状態で
後悔なく笑顔で、死にたいです。

人生は常に戦いの連続です。
戦いを止めたら、人生は終わり。
映画「マトリックス」が言い当てています。

人は生まれたら、
その瞬間から「マトリックス」から管理される。

だから戦え!

戦え!

戦え!

戦え!

戦いをやめれば、その瞬間から
生きていても、何も学ぶことなく
ただの遊びで時間が流れていきます。

地球上の95%がそうなのですから、
つまりは「そんな人ばっかり」です。



話は元に戻りますが、
義父の車で吐いてしまった娘…。

義父が何より大事にしている
プジョー2008の新車も気の毒だけど
それより気の毒なのは、
熱もあるのに「吐いちゃった」と車を気にする3歳の娘…。

まさか私も高熱状態で、
子どもの嘔吐の片づけをするとは
思ってもみませんでしたが、

冬場だし、またノロかもしれないと
今週幼稚園に行かせたことを
心の底から後悔しました。

娘の嘔吐はその夜数時間おきに続き、
結局38.5度以上の高熱と激しい咳が
夫(先週)も私・娘(今週)も
1週間ほど続きました。

でもこの時はまだ、
夫の「パパの調子が良くない」という言葉の意味に
”私も”気付いていなかったのです。


毎晩、夜21時にかける義父の携帯から
機能に続いて
折り返しの電話がかかってきませんでした。

TVの画面を見ながら
真っ赤な目をして涙をためる夫に気付き、
「昨日までは大丈夫だったのよね?」と訊くと、

「こういう状態だよ。」と携帯で撮った動画を見せられ
思わず「えっ、昏睡状態ってこと?」
と訊き返しました。

「聞き取りたいけど、
なんて話しているのか
僕には分からないんだ。」

眠りながら苦しそうにうわ言を話している
ベッドの中の義父の姿がありました。

終末医療に携わる有名な看護師さんが
死ぬ前に「お迎え」がくることがよくあって、
個人差はあるが、1週間ほど前だと
朝日新聞のインタビューで話されていました。

後で思えば、この時義父はすでに
走馬燈を見ていたのかもしれません。


木曜日は早々に娘に幼稚園を休ませ、
少しは回復したものの
二人ともまだ38.5度の熱がある状態でした。


でも前日のノロかもしれない嘔吐の処理で
4回の洗濯と、家と車の殺菌処理で
ゆっくり休んでいる暇はありません。

インフルエンザにかかるのも
計画できる訳ではありません。

汗びっしょりになりながら、
ひたすら洗濯→洗濯物干しを繰り返しました。
どうせ汗かいて熱を下げなきゃならないので
それは良いです。


お昼頃、職場から病院に駆け付けた夫から
連絡がありました。

「うーん…、ドクターが
もう感染症への対処ができていないから
”これから部屋を移動する”と言っているんだよね、

僕はこれからパパを送って、
部屋を引き上げるから。いいね。」

私は掃除の手を止め
全霊で夫の言葉の一言一句を聞き、

これまで6年間、
ずっと義父と夫に禁止され続けていた
車を運転することを決めました。


義父の車は、
幸い前日娘が汚してくれたので
事故でも起こさない限りは
責められても言い訳できます。

このままお別れするなんて
考えられませんでした。

何よりも、
義父と娘を会わせてあげなければ。


お昼ご飯を食べていた娘に
「ご飯食べたら
パピーに会いに行くからね~^^。」と話し、
実家に連絡を入れました。

「パパがこれから集中治療室へ入るから、
これからは何が起こるか分からないから、
一応連絡だけしておきます。」

病院の住所と場所を
改めて地図で確認している間、
スカイプで少し娘の相手をしてもらい、

「じゃあ、これから行ってきます。」と
二人で家を出ました。

はじめて扱う車では
ナビの設定に時間がかかり、
いざ出発前にも、
一応近所の小道を数回まわりました。

娘のおむつが切れそうだったので、
途中、町の小さなスーパーに寄り、
レジを済ませたところで
夫から連絡が入りました。


「これから迎えに行くから準備しておいて。」

「準備はできてるから!」と言い、
娘と自宅で夫を待ちました。

「車、動かしただろ。」と言われましたが
「当然でしょ、でも戻ってきてくれたから。」
内心夫に感謝しました。

基本的に娘が生まれてからの3年半、
車を運転していなかったことは事実だし、
ここは右側通行ですから。

「左脇腹一体が、紫になっているらしい。」

もし仙人さんの授業を受けていなかったら、
私は義父の身体の中で何が起こっているのか、
この意味さえ、分かっていなかったでしょう。

もし人が言うように
「”仙人さん”なんて名乗る人は怪しい。
宗教だと何故分からないのか、
今すぐ一切繋がりを断ち切れ。」

なんていう言葉を真に受けていたら、
と考えると、逆にゾッとします。

臨終に向かう大事な家族の状態を
黙って医師免許を持つ知らない人の言葉に
はい、はい、と頷くだけしかないのですか?

専門家が言うから間違いないのですか?
専門家が言うから仕方ないのですか?
専門家が言うことは自分には分からんですか?

それはあなたが(患者本人でなくても)
「あなたの戦い」から
逃げているということになりませんか?

私の話している意味が分かるでしょうか。

がん患者を抱える家族の
毎日の不安や畏れなど、
家族であっても、
人の「痛み」を理解してくれる訳ないのです。

結局他人事だから、どうでも良いのです。
楽しい外出の話の方が重要度高です。

どんなに愛する娘が転んでも
その痛みを母親の私でさえ
実際に感じることは無く、
想像して共感することしかできないのですから。

過剰反応も「自分を巻き込んでくれるな!」という
子犬の威嚇行為のようなものです。

じゃあ、本当のことを
誰だったら私が分かるように日本語で
教えてくれたの?と
逆に訪ねたくなります。


仮に私が医療関係者だったら
内部告発もめんどくさいしバカをみるので
わざわざそんな事もしません。

でも、生きていく中で
私が本当に苦しいと思ったからこそ
書物に求めた答え、

私が本当に知りたいと思ったからこそ
探したこと、

表現しなければ生きていけないから
こうして早起きしてでも(笑)
表現活動せずにはいられないこと、

こういう私の核にある大切なことを
彼らは理解できず、
わざと踏みにじってまでも、他人の注意を
自分へ向けようとするのです。

自分の言うことを聞け、
自分の言うことが正しい、
自分はお前より上だ、
何故自分のことを尊重しない、

マズローの欲求段階でいえば
全て低次の尊重欲求です。

でも、そもそも人を尊重しない人は
人から尊重されないのでは?


結論を言うと、

私を信用していない人から
私が振り回される必要はありません。


人をコントロールしようとしていること自体、
無知厚顔な土足行為であることに
何故気が付かないのか?
それが私からの問いかけです。

子どもの頃から機能不全の「家族」を支えようと

膨大な本来自分のものである時間と
膨大な本来自分のものであったエネルギーを
家族のために費やしてきた

これはお互いアダルトチルドレンだった
私達夫婦が、
新しい人生の一歩を踏み出す
始まりの話でもあります。

そして人口95%の人達の
無邪気さに罪はないし、
彼らが本当に理解することも
ありえないから、

話をしたところで、
また時間とエネルギーの無駄で、
いつもの怒りと悲しみ中毒を繰り返すだけなので、

もう私は相手にしません。

彼らは彼らで、幸せに過ごした方が良いのです。
お互いの身のためです。

私は義父のことを
決して手離しで好きだった訳ではありません。

義父もまた、逆の立場であったとしたら
相手を気遣う理由もないでしょう。

でも、今回の経緯から
私は時間が限られた自分の人生で
1分1秒も無駄にする時間は無いことを
深く胸に刻みました。

私が今、
集中すべき大事なもの
集中すべき大事なこと
集中すべき大事な人

そういうことが見えてきたし、
私の認識している以上に
重要度も高いのだという事です。


集中治療室は、
大病院の「核」とも言える
中心部にありました。


集中治療室に到着した夫はまず、
「落ち着いて周りを見ずに
まっすぐパパのところへ行くように」と私に話し、
まず娘を義父に会いに連れて行きました。

私はICUのことよね?
前にも入ったことあるし大丈夫、と思いましたが
私の順番になり、
ドアを開け奥に進むにつれて

UFOの中のような異次元空間に
まるでエレベーターに乗った時のような
不思議な足元のふらつきを覚えました。

あれだけの機械設備が
常時稼働しているのですから当然でしょうが、

集中治療室の待合室に入った時点で
異常なほどの電磁波が乱れ渦巻いているのを感じ、
その独特の空気感というか、
圧迫感で息苦しさを覚えました。

平常から断絶された
本来入るべきではない
別世界に来たこを悟りました。

同時に、人間の身体は自然な状態で
これだけの最新テクノロジーを施された機械設備があっても
追いつけないほど、

完璧に設計されていることに
畏敬の念を感じずにはいられませんでした。




つづく

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