ホリスティック医療はなぜ必要?空軍エリートさえ別人に変えた「抗がん剤治療」の罠

日本のことをもっと知りたい!と願ったら、日出る豊葦原の国、日本の神様に導かれました。ヨーロッパのフランス語圏=ガリア=正統ケルト=西のシュメール直系の地に移住した筆者が、東の地で日本古神道に受け継がれる、宇宙や自然界の秩序に基づいた縄文文化との共通項を発見!かけがえのない地球と私たち八百万の生命とが、千代八千代に共生するための叡智を、次の世代に引き継ぐための「日本再発見ブログ」です。

  • ホーム
  • »
  • »
  • スポンサー広告
  • »
  • ホリスティック医療はなぜ必要?空軍エリートさえ別人に変えた「抗がん剤治療」の罠

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 カテゴリ
 タグ
None

ホリスティック医療はなぜ必要?空軍エリートさえ別人に変えた「抗がん剤治療」の罠

ホリスティック医療はなぜ必要?空軍エリートさえ別人に変えた「抗がん剤治療」の罠

欧州子育て日記 
(ホリスティック思想:イデア論の祖 プラトン)

YOSHIKOです、

今年は特別な春です。

3月も終わりですので、
この区切りのタイミングで
少し真面目な話をさせてください。

今日は世界的に拡散している
人権運動であり、社会運動、
「スライヴムーヴメント」に
インスパイアされて書きました。

ものがたり風に読んでもらって
結構ですが、全て実話です。

ここで登場する「彼」は、
私の義父にあたる人です。

実現は叶いませんでしたが、
彼は自分の生い立ちを
「本」にしようとしていました。

このところ私が思うこととも重なり、

私自身の区切りにもなるので、
今回このような形で
記録しておくことにしました。

それでも、ポジティブでない真実を、
私の大切な読者である
あなたに伝えることは、
かなり躊躇されました。

だから、
今のタイミングとなりました。

世間ではまだまだ、

代替医療=危険思想

という雰囲気が残っています。

明るく楽しいことなら、
万人に受け入れられるでしょうが、
真実を知りたくない人も
世の中には沢山います。

ですが、例えば、

原爆の悲惨さを人々に伝える時、
どう伝えたら良いのでしょう?

それを考えたとき、

やはりこの目でみて
実際に体験した
体験者による体験談しか、

人の心にほんとうの意味で
伝わらないのではと思いました。

折しも、つい数日前、
現代型の医療システムを築き上げ、

ピラミッド型医療界の王座に
長年君臨していた人物が亡くなりました。

このタイミングで、
今の古い体制は、私たちの手で
変えて行かなければなりません。

現代の医療は、
心のケアや生命力の復元という大切な部分が、
すっかり抜け落ちてしまっていると
思います。

もっと言えば、医療だけでなく、
人々の健康を守るための食品や、
基本となる考え方を教える
教育の分野でも同じことです。

生命の重みや尊厳よりも、
お金が優先された世の中に
なってしまっています。

しかも、巧妙なことに
彼らはピラミッドにいる上層部、
つまり「エリート」達から
「教育」を施しているため、

それに気付いている人が
あまりいません。

私一人の活動は
本当に小さいものですが、

中国の山奥での
一匹の蝶のはばたきが、
アメリカの西海岸で
ハリケーンとなるように、

いつかバタフライ効果で、

どこかで必要としている
誰かの心と繋がることを祈っています。

私個人にも、
またこの社会問題を抱える
地球にとっても、

どんなに小さくとも、
次のステップへ向かう、
布石になるのなら、
こんなに嬉しいことはありません。

===

こちらに来て、
昨日でちょうど8年目を迎えました。

今年は8年目にして、
ゼロからの再出発です。

この8年間、私たちは
ずっと「彼」のことに
エネルギーを費やしていました。

「彼」を一人で看る夫の
サポートするために。
一緒に病気と向き合うために。

でも私は到着直後から、

病気の「彼」と相容れることの
難しさを、
身をもって感じていました。

そばで支えてあげたいのに、

そのために私はここへ来たのに、

私のおせっかいと彼の要求が、

全然噛み合わないのです。


病気を治すのはあなた

彼が求めていたのは、

自分が依存できる人。
自分を助けてくれる人。

人間とは弱いものです。

彼の育ってきた背景をたどれば、
すでに他界した、
母親からの愛情に、
ずっと飢えていたようです。

7人姉兄の末っ子で、
そのうちの2人を
母親はひどく「えこひいき」しました。

「お前なんて、生みたくなかった。」
何度もそう言われたそうです。

父親は末っ子の彼を
とても可愛がってくれましたが、

彼はそんな母親に認められたくて、
一回りも歳の離れた
年齢の離れた姉兄よりもずっと頑張って、

家計を助けるため、

母親の望みどおりに

学校をやめて、

教師になる夢を諦め、

軍隊にも入りました。

ところが優秀だった彼は、
入隊テストの成績が良くて、
戦闘機の管制官として
空軍に配属されます。

20歳から22歳までの2年間は、
人生で最も充実した時間でした。

大好きな戦闘機と
やりがいのある仕事を、
本当は続けられたのですが、

家族の望み通り、

さらにお給料の良い国営電電公社で、

電気技師として働くことにしました。

結婚しても年老いた両親の近くに暮らし、
買い物にも毎週、
車で連れて行ってあげました。

7人姉弟のうち、誰よりも
親孝行してきたはずなのに、

「家族のため。」

それだけを思って母親に渡したお金は、

気がつくと全部、

母親が「えこひいき」する
姉兄2人の元へと消えていました。

自分が知らないうちに、
母親は二人に、
土地を買って与えていたのです。

もともと彼は愛情深い人。

それでも母親への愛着を消せずに、
ずっとずっと、我慢してきた人です。

父親が亡くなったあとも
最後まで面倒看るつもりだったのに、

ある日、自分が知らない間に
特に可愛がられていたはずの兄が、
母親を養老ホームに入れ、
家財道具も持ち去ってしまいました。

急いで母親を探しに行くと、
彼女は鬼のような形相で、
彼を罵倒しました。

おまえが私を、
ここに入れたのね!!

当日、家に戻ってきた彼は
顔面蒼白で足がふらつくほど、
ショックを受けていたそうです。

当の母親も、
どういう理由か知りませんが、
意気消沈した挙句、
入所2日後に亡くなっています。

末っ子で一番
可愛がられて良いはずの彼が
どうしてこんな人生のスタートを
切らねばならなかったのか、

それは誰にも分かりません。

運が悪かったとしか言えません。


でもそんな不条理は
世の中には沢山あります。

姉兄が自立して家を出た頃、
年端がいかない子供だったことで、
母親のフラストレーションを
一身に受けてしまったようです。

素直に自分自身の感情を
表現することを、
長年押し殺した結果、

そんな彼の
愛情を求める気持ちや、
愛情の伝え方は、

悲しいことに少し、
ゆがんでしまいました。

彼はずっと
自分のことが
好きではありませんでした。

カメラを向けると、
わざと変な顔をするので、
まともな写真はほとんどありません。

本当は気にかけてもらいたいのに、

褒めても必ず
自分自身を否定する言葉が
返ってくるので、

どこまでネガティブなんだろうと、
正直、イライラしました。

愛情の受け渡しと
受け取りのコミュニケーションが、
うまくいかないのです。

母親が子供の人生に与える
影響がいかに大きいか、

その重大さを思わずにはいられません。

そんな彼が大病を患い、
一命をとりとめた時、
彼が無意識に求めたのは、

可哀想な自分に気がついて、

聖母マリアのように自分に同情してくれ、

やさしく自分を包み込んでくれる保護者。

私たちに対しても、
彼は当然のようにこう考えていました。

自分は親なんだから、
子供はどんな我儘もきいて、
親の機嫌を取るべきだ。

それは毎回、
誰にも理解できない
独特のふるまいになって表れました。

マンガ ロニー・ワリオン

私たちは毎日、精一杯やっている。

病気だから、
可哀想だから、
それでも甘やかすべきなのだろうか?

病気だからって、
それが理由で許されるのだろうか?

理想を言えば、

それでは彼のためにも、
病気のためにもなりません。
おんぶにだっこを求める大人には、
NOというしかありません。

自分の人生だけでも大変なのに、
他人の人生をまるごと
抱えてくれる人なんて、
どこにも存在していません。

それでも乾いた喉で
水を求めるように、
彼は愛情の眼差しを求め続けました。

だから親身になって
自分のために涙さえ流してくれた、

年配の女性の担当医は、

自分が望んでいるように
信頼しきるには、
(依存するには)
格好の相手だったのです。

彼女は違う。

彼女なら自分を助けてくれる。

診察日に手作りパンを
持っていこうとして、
家族が止めたほどでした。

一見、笑い話のようですが、

患者の立場から見たら、
それくらいドクターは
眩しく輝いて見えるのだろうと思います。


「良い子」を陥らせる罠

一方で、日常の場面では、

初対面の切符切りにでも、

カフェの店員にでも、

毎回オーダーを告げるより先に
自分の病名を告げるのには、
閉口しました。

誰かと話がしたいのに、

それではもちろん友人たちも
離れていってしまいます。

気持ちはよく分かるのです。

決して悪い人でも、
おかしな人でもありません。

自宅の庭で小鳥のさえずりに耳を傾け、
羊が草をはむ平和な日常を愛し、
野菜作りにせいを出す、

むしろ世間では
良識的で道徳的で、
模範とされる「良い人」です。

税金も遅れずにきちんと払い、
他人に迷惑をかけたことなんて
一度もないような「善き市民」です。

それでも大きな病気を患っていることの
大きな不安と心の葛藤を、

「自分で抱え」て
「自分で向き合う」ことの重みに
耐えられませんでした。

心の中の理想と
現実のギャップが
自分で分かるからこそ、

ごまかせない恐怖が
彼を襲っていました。

やさしい人だからこそ、

たった3人しかいない家族の中で、

行き場のないフラストレーションは、
はけ口を求め、

一番身近にいて、
一番彼のことを思っているはずの
家族へと向けられました。
(病人を抱える典型的な家族の姿です。)

私たちしか甘えられる人が
いなかったからです。

でも、彼のことを一番想っていたのは、

どこかのカフェの店員でも、

身勝手な母親でもなく、

彼自身の、たった一人の息子です。

もし、あなたにも
思い当たるのであれば、

上や社会に評価を求めるだけでなく、

あなたの隣で、
あなたに寄り添う人を
ちゃんと見て!

ちゃんと大切にしてあげて、

私はそう、言いたいのです。

数年前に2度の手術をして以降、
律儀に何種類もの薬を飲んでいましたが、

もちろんその中には
抗がん剤やコルチゾンが含まれていました。

正直に言うと、
私が到着した時点で、
すでに普通の状態とは言えませんでした。

現に、私は7年間も
そばにいさせてもらいましたが、
一度も本当の彼には
会ったことがないそうです。

はじめの1週間は、
奇妙なほどのハイテンションで
始まります。

彼の心は天高く舞い踊り、
自分のやりたいことや、
たった今、決めたことを
私たちに揚々と語りました。

少しでも前向きな気持ちは、
家族としては、
応援してあげたいな、と思います。

ところがその状態で1週間が経つ頃、
決まって突然、彼の顔が赤らみ、
表情もまるで別人のように恐ろしくなって、

私たちを無視したり、

暴言を吐いたりするのです。

それが1週間続いては、
次のサイクルに入ります。

家族の心はいたたまれず、
また、休まる暇もありません。

私たちは彼の気分の上下のたびに
振り回され、
その状態が丸5年続きました。

そして次第に感情の制御がきかなくなり、

彼の我儘はどんどんエスカレートして、

まるで自分をVIP待遇せよと

言わんばかりになりました。

でも、子供を授かったばかりの
私たちには、
とてもそれを受け止める余裕がないのです。

なぜ病気で、親で、大切にされるべき
自分を優先してくれないの?

尊敬してくれないの?

なぜ慰めてくれないの?

そうか、分かった!
お前たちは、自分を追い出すつもりだな!
(かつて母親を追い出した兄のように)

私たちはいがみ合い、
家の前にはゴミが撒き散らされました。

なんてひどい!と思いました。

生まれたばかりの赤ちゃんがいて、
幸せななはずの
家族団らんのテーブルも、
普通に囲めないなんて!

私たちの心はいつの間にか
ズタズタになり、

私たち自身まで
お互いを攻撃するようになり、

幾度となく血の涙を流し、
度重なる人格破壊を経験しました。

赤ちゃんと過ごす
普通の幸せな母親体験もそこそこに、
あっという間に過ぎてしまいました。

私はアーティストですが、
あんな状態では
創作活動なんて、
とてもできません。

4コママンガもできれば続けたかった。

今でも私の心は後悔しています。

でも、私が机代わりに使っていた
食卓テーブルが、
ある日、無くなってしまったのです。

顔を合わせるたび争いが始まる。
まるでそこに”ある”ことが、
罪といわんばかりに。

(それでも床や壁で描こうと思えば描けますから、
 結局は私の、
 続けられなかった言い訳ですが。)

その後1年半、

私と娘は、
小さなちゃぶ台のような
コーヒーテーブルを、
2人で囲んで食事をとりました。

彼の良い息子になりたかった夫にとっても、
破れてしまった夢だったのです。


ごく普通の平凡な生活が
もはや普通にできない毎日。

家族の誕生日やクリスマスといった
特別な日に限って、

なぜか行き場のない怒りが
爆発しました。

それでも当時2歳だった娘にとって、
彼は大好きなおじいちゃん。

娘は常に無条件の愛のまなざしを
注ぎました。

そのことが、どんなに
私たち大人を救ったか分かりません。

色々な事情がある大人の
感情的で無意味な争いの中でも、
まさに天使そのものでした。

純粋な愛情をまっすぐ
大人の私たちに注ぐ娘の存在があったから、
私たちはふたたび家族に戻れました。

彼は私たち息子夫婦に期待することをやめ、

娘の良いおじいちゃんに徹しました。

娘の送り迎えのために、
力のない身体でも
カーナバルの休み明けに入院するまで、
車を運転し続けてくれました。


それが生き甲斐だったから、
最後までハンドルは
握ってもらいました。

家に戻る帰りの車の中で、
私たちは別段話す訳もなく、

それでも言葉の通じないもどかしさを
お互いに感じながら、
大切な一日一日が
過ぎてゆきました。

私は今でこそ、
こんな情報発信をしていますが、
特に彼に優しかった訳でも
何でもありません。

むしろ彼にとっては、
構ってもくれない、
冷たい嫁だったでしょう。

だからって彼も
私に優しかった訳でもないので、
お互いさまで、良いのです。

病気扱いしないことで、

依存する心をなくして、
しっかり生きて貰いたかったからです。

貴重なはずの毎日を
ネガティブなことばかりに
因われるのではなく、

すべてが恵みであることに、
気付いて欲しかったのです。

彼を甘やかせず、
誠実であったことが、
私からの愛情だったことも、
今頃ちゃんと分かっていると思います。

毎日顔をあわせる家族ですから、
演技なんかしてたら、もちません。

そして彼が
私たちに期待していたようでいて、

本当は私たちが
強い父を期待していたことに、

この文章を書きながら気付きました。

うまくサポートできなかった。
ごめんなさい。
こんな私たちを、赦してね。

そして彼の苦しみや心の葛藤を
7年間ずっとそばで見せてもらって、

彼がどんなに孤独で不安だったか、

そして恐怖に毎晩押しつぶされながらも
どんなに勇敢に病気と戦ったか、

それは彼の担当ドクターより、
お別れにも来てくれなかった
姉兄たちより、

私たちは、すぐ肩越しに
あなたを見ていたからこそ、
誰よりも分かっているつもりです。

私たちは一番のライバルでもあり(笑)、

また良き友人でもあり、

そして、

本当の親子にもなりました。


私は彼の信頼していた
ドクターの存在にあぐらをかいて、
怠慢になっていました。

ベルギーの日本より高いと言われる
西洋医療のレベルを
根拠もなく信じすぎていました。

正直、毎日弱っていく中で
入院してくれた時には、
家族としては安心したのですが、

その後の、

1ヶ月間に6度にわたる
麻酔なしの手術や、

毎日ベッドの脇にぶら下がる
ブドウ糖点滴、
(糖類はがんに厳禁)

顔を見にも来ない主治医、

10種類以上の感染症におよぶ敗血症、
(抗がん治療による免疫力低下)

皮膚の湿潤
(抗がん治療の副作用)

肝臓機能停止
(抗がん治療の副作用)

腎機能停止
(抗がん治療の副作用)

そして当日、電話もなく
私たちに知らされなかったこと、

何かが「おかしい」
そう思い自分で独学をはじめてから、

貴重だったはずの残りの7年間、
彼と家族である私たちが
毎日のように苦しめられた、

浮腫
(抗がん治療による腎臓機能低下)

帯状疱疹
(抗がん治療による免疫機能低下)

情緒不安定
(抗がん剤の副作用)

人格破壊
(抗がん剤の副作用)

激しい躁鬱
(抗がん治療の副作用)

これらの症状が、

すべて抗がん治療が原因だったことを
発見しました。

抗がん剤や放射線治療、
また化学療法は、

患者の身体だけでなく、
心までをもズタズタにします。

身体を組織する細胞だけではなくて、
血管も、脳も、神経も、
すべての細胞を破壊します。

代替医療を否定するあなたは、
一体、そんな苦痛に耐えられるのですか?

もしあなたの家族が羅患したなら、
仕方ないね、で済ませられるのですか?

それに耐えろと言えるのですか?

私には、耐えられません。

それが生身の血の通った
人間としての普通の感覚だと思います。

そんな人間としての
普通の感覚が欠落した現代医療を、
完璧とはとても、
私には思われません。

だから身体に現れる病気の症状だけでなく、
心と精神のケアも含めた
ホリスティック医療時代の到来を
望んでいるだけです。

だからと言って、
私は西洋医療を否定するわけでも、
ドクターを責めるわけでも
ありません。

第一、病院に行かなかったら、
「寛解」したかどうかも、
わからないでしょ、笑。

イージーな発想で、

代替療法=西洋医療否定=キチガイ

扱いする人は、本当にバカね!

彼は両方やっていたから、
2度も手術で生命を救われ、
余命より2年も長生きできたんです。

だからこそ、
孫の顔が見られて、
抱っこすることができて、
手を繋いで歩けたのですよ。

でもドクターは救世主ではなく、
あなたのやっている健康管理の

「チェック係」

と考えるくらいで
丁度良いのです。

もちろん、人体や
生命維持へのシステムが
超複雑で、

神秘に満ちたものであることは
素人である私にだって
分かっています。


でも再発は必ずしも
転移とは限りません。

そのカラクリも
自分で少し勉強すれば、

私にだって、

病院に通いながら独学で寛解を迎えた
樹木希林さんにだって、

『ガンは5年以内に日本から消える!』の
宗像久男医師や、

自称「オカルト」「キチガイドクター」で有名な
内海聡医師にも、

そしてあなたにだって、
分かるはずなんです。

まったく同じ答えを
引き出せるはずなんです。



悪かったのは、医者という

他人に頼り切っていた自分たちです。

そして宇宙の森羅万象の
ほんの爪の垢くらいでしかない、

「最新科学」を過信しすぎたことです。

そしてその最新医療を提供する
製薬会社は、
新薬開発のために
土着のシャーマン達から情報を聞き出し、

貴重な植物が乱獲され、
植物の絶滅危惧種として
リスト入りしています。

つまり、
AMA率いる現在の製薬会社と
医療システムのトップは、

そんな昔ながらの
民間医療や代替療法が
実際に効果があることを

ちゃんと理解しているのです。


つい数日前、春分のタイミングで
ご逝去されたAMA実情トップの
大のお気に入りだったのは、なんと


イギリス王室でも
エリザベス女王やウィリアム王子が
御愛用と噂されています。

彼らがちゃんと
ホリスティック医療を受けているのに、

庶民は
「そんなの嘘!偽薬!」と思い込まされ、
それを信じている「自分たちが正しい」と
思い込まされている。

「高校生物」程度の知識で
少し調べれば、
大まかな答えが自分で引き出せるものを、

物事を最大限に複雑にされた挙句、

最初から絶望感にさいなまれて
諦めてしまうか、

めんどさくて
重い腰があがっていない。

過去の自分も含め、

それに自分で気付けないことが、

自らを苦しめ、

現代医療の現場で
生命の尊厳をおとしめている
大きな落とし穴ですよ。

さいごに、

これは世界的な人権運動ですから、
もっと詳しく勉強したいという方のために、
こちらのビデオも紹介しておきます。


少し長いですが、
時間をとって観る価値は
十分にあると思います。



私は過去を語りたいのではありません。

未来を創りたいのです。

未来が明るいものだと
心から信じて行動できる、
仲間たちと一緒に。

(PR)こちらもおすすめ!
========================
主食はニンニク
今すぐクリック!

今すぐクリック!
========================

医食同源オーガニックレシピ☆BIOキッチンヨーロッパ 

FBページ「欧州子育て日記」

FBページ「日本ホリスティック教育学会」【新設しました!】

自己紹介【更新しました!】

イラスト動画 "Draw My Life"

FBの友達、フォロー大歓迎!
https://www.facebook.com/yoshiko.matsuda.92

===

「ヨーロッパ発!美味しいオーガニック料理のレシピ」をプレゼント!

当ブログで紹介したオリジナル・レシピを
近々まとめる予定です。
(約31レシピの電子ブック・先着20名様・無料 )

希望される方は、以下のメールアドレスに
「健康レシピ希望」のタイトルで
予約希望メールください♪

biokitcheneurope(あっとまーく)gmail.com

===
スポンサーサイト

コメント (0)

コメントを書く

 

 非公開コメント ()

Copyright © 日本ホリスティック教育学会 フランス伝統の家庭ハーブ・レシピ  All Rights Reserved.

テキストや画像等すべての転載転用販売を固く禁じます

<?php include_once("analyticstracking.php") ?>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。