2016年03月の記事一覧

日本のことをもっと知りたい!と願ったら、日出る豊葦原の国、日本の神様に導かれました。ヨーロッパのフランス語圏=ガリア=正統ケルト=西のシュメール直系の地に移住した筆者が、東の地で日本古神道に受け継がれる、宇宙や自然界の秩序に基づいた縄文文化との共通項を発見!かけがえのない地球と私たち八百万の生命とが、千代八千代に共生するための叡智を、次の世代に引き継ぐための「日本再発見ブログ」です。

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2016年03月の記事一覧。日本のことをもっと知りたい!と願ったら、日出る豊葦原の国、日本の神様に導かれました。ヨーロッパのフランス語圏=ガリア=正統ケルト=西のシュメール直系の地に移住した筆者が、東の地で日本古神道に受け継がれる、宇宙や自然界の秩序に基づいた縄文文化との共通項を発見!かけがえのない地球と私たち八百万の生命とが、千代八千代に共生するための叡智を、次の世代に引き継ぐための「日本再発見ブログ」です。

2016-03-28 健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.6 あなたに会いたくてPart13月だというのにぼた雪が舞う今年最後の冬の朝、約1か月間の義父の入院生活ではじめて夫の携帯が鳴りました。とっさにお別れの時が来たことを悟りベッドから飛び起きました。抗がん剤の副作用による免疫機能の低下の中で発症した8種類以上の敗血症の処置が上手くいき始め、来週は退院かも、という話も出ていました。毎日夕方回診に来るドクターの話に家族は一喜一憂し...

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2016-03-22 健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.5 抗がん剤副作用生命の不思議の世界を宗教というなら最新の科学技術や医療技術を過信することもまた、誰かに意図的に洗脳された”宗教”です。昨年の春、ロッキー山脈のどこかの山奥で自然療法を試みる先生の授業の存在を知り西洋医療とは違うアプローチを通信教育で学び始めました。このブログで紹介している「X-POWER」です。先生は小学生の頃、医学の専門書を手に取りその後アメリカで医学部を...

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2016-03-19 健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.4 がん患者メンタルサポート義父の場合は義母さんも早世してある中で10年にわたる壮絶な闘病生活。簡単ではなかったけれどそのうち私は6年間を一緒に過ごさせてもらいました。常に死の恐怖と隣り合わせの生活。がん患者を抱えての生活はやはり普通の家族の姿とは違っていたと思います。たとえようのない重たい空気が常に家の中に流れていました。本当は何度もこの場所を捨てて飛び出したかった...

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2016-03-17 健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.3 家族のストーリーこれまでの6年間にも2度ブリュッセル大病院とホームドクターに無理やり連れていったことがあります。1度目は実はホームドクターが処方した薬の副作用による薬物中毒でひどく肝臓を患い、この時は病院の不手際はあっても命拾いをして、2度目はきれいに2週間に1度の頻度でやってくる躁鬱の症状の続きで、言動がおかしかったリVIP扱いを求める態度が度を超えたのでホー...

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2016-03-17 健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.2 あなたを守れるのはあなたしかいない義父の1か月間のがん病棟生活は半年ぶりの逃げられない定期健診の日から始まりました。前回の定期健診は6月。結果的に見れば第2ステージで安定していたはずのランフォーム・ドゥ・モントウが直後から突然増殖しもう2年も余命を過ぎていた義父なのに突然の増殖はドクターにも予測がついておらず誰にもきちんと義父の状態を把握していなかったというのが...

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2016-03-16 健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.1 がん患者の孤独な戦いこの1か月、私は日本よりお薬が10年は進んでいるだろうと言われるベルギーの大病院で末期がんの人達が療養するがん病棟に居ました。私はこれを書くことでもっと傷ついてしまうかもしれませんが、自然の中で野鳥や花を愛でながら慎ましく静かに暮らした義父が最後まで生きる希望を失わずどれだけ立派に戦ったのか、そのことをどれだけ私達家族が誇りに思っているのかを忘...

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2016-03-04 健康
生きることの意味~この一秒とていねいに向き合う作業生きていれば、色んなことがあります。良い事も、悪い事も。でも忘れないで。すべては神様の福音。今日よりも善き日を迎えるべく神様が種を撒き、育てられて収穫される作業。今この瞬間の青空も庭のりんごの木であなたに語りかける小鳥のさえずりも。だからこの世に無駄なことは何も無い。大丈夫。すべてが新しい未来へとつながっている。今日はそんなステップにいるあなたのひ...

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2016-03-02 健康
お薬は使わないでください―抗生物質の真実先日夫が鼻炎でホームドクターにかかったのですがその時、待合室でこんなポスターをまたまた見かけました。内容はこんな感じです。抗生物質は必要な時のみ使いましょう!・ウイルス・インフルエンザ・風邪・気管支炎に効果ありません。何故こんなポスターがわざわざ待合室に貼られているのかというと抗生物質を処方してもらわなければ不満に思う人が多いからです。でも実際には、抗生物質...

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西洋医学の終着点~集中治療室 No.6 あなたに会いたくてPart1

  •  投稿日:2016-03-28
  •  カテゴリ:健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.6 あなたに会いたくてPart1


BIOレシピビオキッチンヨーロッパすいせん

3月だというのに
ぼた雪が舞う
今年最後の冬の朝、

約1か月間の義父の入院生活で
はじめて夫の携帯が鳴りました。

とっさにお別れの時が来たことを悟り
ベッドから飛び起きました。


抗がん剤の副作用による
免疫機能の低下の中で発症した
8種類以上の敗血症の処置が
上手くいき始め、

来週は退院かも、という話も
出ていました。


毎日夕方回診に来るドクターの話に
家族は一喜一憂しながらも、
入院してそろそろ1か月。

毎日付き添う夫にも
多少疲れは見えたものの、
私達には毎日のルーティンとして
お見舞いも生活の一部でした。

ほとんど常にモニター監視付きとはいえ、
この2週間は比較的安定した状態で
これまで来ていました。

前週末もいつも通り
当然のように3人でお見舞いに行き、
夫が普通に夕食を食べさせていた姿を
はっきりと覚えています。


私の料理にはいつもイマイチ
納得がいかない義父ですが、

私が差し入れた
義父の好きなりんごのコンポートも
驚いたことにきれいに丸ごと食べてくれ、
秘かに心の中でニンマリしました。


帰る間際、
諦めふてくされモードの義父の姿に戸惑う夫を見て、

「また!
生きている1日1日がボーナスですよ!」と
私は言い放ちました。


「Oui, oui、」

そんな返事に思わずムッとし(笑)、

「こんなに献身的に付き添っている夫に
何でそんなこと言うんだろう。」と
怒っていました。

でも弱みを見せられる家族がいることは
せめてもの救いです。
がん患者を抱える家族にとっては、
よくある光景です。


翌日、今日もお見舞いに行く夫に
「パパにもう来週は退院かもしれないから、
もう少し頑張ってって、伝えておいて。」
と、ことづけました。

あのまま別れた前日のことが、
なんだか頭から離れなかったからです。



火曜日、午後は毎日病院でつきそう夫から
今回の入院中で6回目となる手術へ
これから向かうという連絡がありました。

えっ、6回目!?
前回2回にわたった抗生物質を大動脈から入れるための
”難しい手術”をあんなに頑張って
やっと終えたばかりなのに!?


とっさに、
前回の手術から放心状態で戻った義父を見て
私が日本語で「頑張ったね!」と
思わず額をなでて声をかけると、

私の顔を見て安心したのか、
何度も頷きながら
泣き出した義父の姿が脳裏をよぎりました。

何故一番太い血管であるはずの大動脈への手術が
困難を極めたのかというと、
これも化学治療・放射線治療・抗がん剤の副作用で
血管が細くなっていたからです。

前の手術であんなに怖がっていた義父。
ただでさえ体力が弱っているのに、
また追い打ちをかけるように手術なんて、どうして!?

「どうして今、手術の必要があるの?」と夫に尋ねると
「前回の装置も、いつ感染症を起こすか分からないから
外す必要があるらしいんだ。」という答えが返ってきました。

こちらではインフォームドコンセントも
患者本人にするので、
自分がどんな状態であるのか
良い悪いは別として、必ず知らされます。

それにしても、それだけ柔軟に
そして臨機応変に対応してくださっているとも言えますが、
いつも告知から手術までが急すぎる気がしました。

入院して「病院というシステム」の中に一旦入ると、
そこから抜け出すのは至難の業です。


確かに、今回分かった敗血症の感染源のひとつは
この10年間、胸部に取り付けたままになっていた
器具部分からのものでした。

私はずっと「何故何年もつけたままにしておく必要があるのか。
第一不便だし、見かけも悪いし、
精神的にも参るじゃないか。」と思っていました。

結果、ここから細菌感染して内部に膿がたまり
体力や免疫力を奪っていたなんて、笑い話にもなりません。


それに日本で言えば「旧電電公社」にあたる
”良い保険”に入っている義父は、

元々治療法が解明されていないがんなのに
何度も何度も1度に100万は入る”手術”を施行されて
医療ビジネスの良い餌食にされているだけじゃないかと
かなり疑いました。

何でも理由にして、お金儲けてるだけじゃないの?
日本であればこの状態で、
これ以上体力を奪うようなことはしないのでは?


でも私は医療のプロでも何でもないので
本当のところは分かりません。

日本なら高額医療にあたるでしょうから、
実際ここまで治療を受けられる人は
むしろラッキーなのかもしれません。

それよりも西洋の考え方では、

「救える可能性があるのにそれをしないのは、
自分から死を選ぶようなもの。」

だから絶対に仏教や日本の武士道の切腹のように、

「やがて来る自分の死を受け入れて、
心の整理をするなんて、敗者のすること。」

という考え方をするようなので、
日本で耳にしていたような”最先端”の

「安らかな最後を目指す」ような終末医療を
実際ヨーロッパでは、あまり見かけることがありません。


日本人の私からしてみたら
「苦しいだろうな。」と思います。
心の整理も身辺整理もできないまま
その時を迎えるしかないなんて。

だから夫も義父もひたすら
「生」に向かうことしか選択が無いのです。

確かにここアルデンヌ高原には
武士道ならぬ騎士道精神があって
古代ベルガエ人からの

「森に暮らす戦う人」という
戦士としての誇りと伝統が
そうさせるのかもしれません。



手術後、「戻ってきたけど、パパが泣いてる。
今は寝たり起きたりしてるけど、うなされてる。」
と連絡がありました。

その後「これから帰るよ。」と
夫は普段通りに帰宅しましたが、

先週末から熱を出していた夫に続き
私も午後から体調を崩し、
晩御飯の準備もろくにできないまま
動けなくなりました。

娘の幼稚園が午前中で終わる水曜の午後は
いつも家族ででかけるお見舞いの日でしたが、
この日はじめて夫と娘だけが病院へ行き
私は丸一日、ベッドの中にいました。

誰の体調が悪くても
病気の進行は待ってくれません。


週末にはお見舞いに行きたかったのです。


夕方、「ミミが車で吐いた!」と夫から
パニック気味の電話がありました。


しまった!
1週間早く幼稚園を休ませるべきだった!と
思いました。


ベビーカーで幼稚園に通う私達を
近所の世話好きのおばちゃんが
誘ってくれるのは、寒い季節なので
私も助かってはいたのですが、

おばちゃんちの3人の子供達のうち、
最初の1人目が学校を休んだ後、
2人目が学校を休み始めていたからです。

私の熱も、どこ経由で来たものか怪しいもので、
この状況の中では苛立ちました。

抗がん剤の副作用で
免疫システムがほとんど機能していない
末期がん患者の義父と
1年前から幼稚園に通い始めた娘。

どんなに気を付けても
義父に感冒をうつさないようにするのは
毎回不可能で、この1年間
かなり私達は気をもみました。

人の生命がかかっているのに、
なんで2歳半から義務教育なの!?
学校なんて必要ない!と思いました。

(実際、かなり幼稚園も躊躇なく休ませましたが、
それにも限界があります。)

でも幼稚園の先生達は、
そんなこと誰も理解してくれません。


「義父が入院して車がないから」と
雨の中、お昼は誰もいない教会で
二人でパンをこっそり食べて
娘を幼稚園に送り届けようとすると

担任の先生から、

「まだ時間じゃないから(今は私は引き取りたくないです)。
学童担当の人が体育館にいますから
そちらへ行ってください。」と苦情を言われ、
翌日、早速嫌がらせをされました。


ただでさえ義父の入院で
毎日駆け回っている私達のところへ
「校長先生」から夫の職場へ電話があり、

「娘さんのクラスでまだおむつをしているのは
たった二人だけです。
今日も教室で靴もはいていないから、届けてください。」と
大騒ぎされました。

確かにその日は寒かったので、
マフ付きのベビーカーで登校して
靴を忘れたことには気が付いていました。

急いで予備の厚靴下をニ重にはかせ、
大雨だったのでしまったと思いながら、
靴は3時間後のお昼休みに
届けようと思っていました。

それに将来ある子どものおむつなんて、
老人の末期がんに比べたら
何の問題も無いでしょ!

文句があるなら今朝顔を合わせた時
どうして私に直接言わないの?


外遊びの時間はランチの後だし、
大雨だから、教室の中にいるだけでしょ?

大雨の中、すぐにずぶ濡れで現れた私を見て
校長先生は、

「…まさか徒歩じゃないですよね?」

「義父は入院してますから、もちろん…
徒歩に決まってるじゃないですか。
(義父が末期がん患者なのは、あなたも知ってるでしょ?)

靴のことは知っていますが、
厚めのカバー靴下をはかせています。

靴がそんなに必要なら、
体育用のものを担任の先生が
管理してるでしょ?探してください。」

靴とおむつのことで大騒ぎになりましたが、
結局体育用の靴は出て来ず、
おむつもまだクラスの殆どの子たちが
していたのでした。(おむつ変えの場面見たので。)

ヨーロッパ人は本当に
性格悪いです。
弱みを見せようものなら
すかさずそこをついてきます。


でも、この時は義父のこともあり、
先生達の前でも
悔しくて涙を抑えられませんでした。

でも、誰も他人のことなんて
何とも思っていないのですよ。

Il sont fous ! (They don't care. ) です。


ヨーロッパ人でも何人でも
そして義父の兄弟さえも。

一緒に暮らす家族以外は
どんなに親しい間柄の人であっても。

毎日のお見舞いでただでさえ忙しい中、
「お義父さんはどう?」と
逐一訪ねてきて
込み入らない程度に状況を伝えていた人でさえ、

本当はお見舞いに行けない言い訳をしたいだけで、
話をしてもそもそも内容をちゃんと聞いていないし、
どういう状況なのか、全くピンとこないようです。

ましてや理解なんて
してくれる訳がありません。
がん患者を抱える家族の大変さも、
がん患者本人の頑張りも。

「必要な時は連絡してね。」って、
「今どこに入院してるの?お見舞い行くから。」
という意味じゃなくて

「死んだときに、自分だけ知らないのは不愉快だから
教えてね。」ってことで、
通夜にも葬式にも来ない人達です。


ここ数年での人間の質の低下は
前々から気付いていますが、

病気を抱える人の気持ちも
その気持ちを支える
家族の気持ちも分からない。

想像力もなければ、恥も知らない。

以前、カール・ラガーフェルトさんが
「人がどんなに無能かを証明するために
俺は働く」と言っていましたが、

人間は本当に
なんて愚かな生き物なんだろうと思います。



相手の気持ちが分からなくて、
人に生まれてきた意味があるんだろうか?


でも、人間の進化の過程において
人間の脳のうち、人間である部分は
5%だけとも言われているので、

そう考えると
彼らのせいでもないです。
地球上にいる人間のうち
5%しか、人間ではないのですから。

私はそのことを先生に教えてもらって
人に期待することも
責めることもやめました。

ただ、私は人間みたいなので
あぁ良かったかな、と思うだけです。

だから決して楽なことばかりじゃなくても
意味のある人生を送って、

大好きな家族に囲まれながら、
できればなるべく健康な状態で
後悔なく笑顔で、死にたいです。

人生は常に戦いの連続です。
戦いを止めたら、人生は終わり。
映画「マトリックス」が言い当てています。

人は生まれたら、
その瞬間から「マトリックス」から管理される。

だから戦え!

戦え!

戦え!

戦え!

戦いをやめれば、その瞬間から
生きていても、何も学ぶことなく
ただの遊びで時間が流れていきます。

地球上の95%がそうなのですから、
つまりは「そんな人ばっかり」です。



話は元に戻りますが、
義父の車で吐いてしまった娘…。

義父が何より大事にしている
プジョー2008の新車も気の毒だけど
それより気の毒なのは、
熱もあるのに「吐いちゃった」と車を気にする3歳の娘…。

まさか私も高熱状態で、
子どもの嘔吐の片づけをするとは
思ってもみませんでしたが、

冬場だし、またノロかもしれないと
今週幼稚園に行かせたことを
心の底から後悔しました。

娘の嘔吐はその夜数時間おきに続き、
結局38.5度以上の高熱と激しい咳が
夫(先週)も私・娘(今週)も
1週間ほど続きました。

でもこの時はまだ、
夫の「パパの調子が良くない」という言葉の意味に
”私も”気付いていなかったのです。


毎晩、夜21時にかける義父の携帯から
機能に続いて
折り返しの電話がかかってきませんでした。

TVの画面を見ながら
真っ赤な目をして涙をためる夫に気付き、
「昨日までは大丈夫だったのよね?」と訊くと、

「こういう状態だよ。」と携帯で撮った動画を見せられ
思わず「えっ、昏睡状態ってこと?」
と訊き返しました。

「聞き取りたいけど、
なんて話しているのか
僕には分からないんだ。」

眠りながら苦しそうにうわ言を話している
ベッドの中の義父の姿がありました。

終末医療に携わる有名な看護師さんが
死ぬ前に「お迎え」がくることがよくあって、
個人差はあるが、1週間ほど前だと
朝日新聞のインタビューで話されていました。

後で思えば、この時義父はすでに
走馬燈を見ていたのかもしれません。


木曜日は早々に娘に幼稚園を休ませ、
少しは回復したものの
二人ともまだ38.5度の熱がある状態でした。


でも前日のノロかもしれない嘔吐の処理で
4回の洗濯と、家と車の殺菌処理で
ゆっくり休んでいる暇はありません。

インフルエンザにかかるのも
計画できる訳ではありません。

汗びっしょりになりながら、
ひたすら洗濯→洗濯物干しを繰り返しました。
どうせ汗かいて熱を下げなきゃならないので
それは良いです。


お昼頃、職場から病院に駆け付けた夫から
連絡がありました。

「うーん…、ドクターが
もう感染症への対処ができていないから
”これから部屋を移動する”と言っているんだよね、

僕はこれからパパを送って、
部屋を引き上げるから。いいね。」

私は掃除の手を止め
全霊で夫の言葉の一言一句を聞き、

これまで6年間、
ずっと義父と夫に禁止され続けていた
車を運転することを決めました。


義父の車は、
幸い前日娘が汚してくれたので
事故でも起こさない限りは
責められても言い訳できます。

このままお別れするなんて
考えられませんでした。

何よりも、
義父と娘を会わせてあげなければ。


お昼ご飯を食べていた娘に
「ご飯食べたら
パピーに会いに行くからね~^^。」と話し、
実家に連絡を入れました。

「パパがこれから集中治療室へ入るから、
これからは何が起こるか分からないから、
一応連絡だけしておきます。」

病院の住所と場所を
改めて地図で確認している間、
スカイプで少し娘の相手をしてもらい、

「じゃあ、これから行ってきます。」と
二人で家を出ました。

はじめて扱う車では
ナビの設定に時間がかかり、
いざ出発前にも、
一応近所の小道を数回まわりました。

娘のおむつが切れそうだったので、
途中、町の小さなスーパーに寄り、
レジを済ませたところで
夫から連絡が入りました。


「これから迎えに行くから準備しておいて。」

「準備はできてるから!」と言い、
娘と自宅で夫を待ちました。

「車、動かしただろ。」と言われましたが
「当然でしょ、でも戻ってきてくれたから。」
内心夫に感謝しました。

基本的に娘が生まれてからの3年半、
車を運転していなかったことは事実だし、
ここは右側通行ですから。

「左脇腹一体が、紫になっているらしい。」

もし仙人さんの授業を受けていなかったら、
私は義父の身体の中で何が起こっているのか、
この意味さえ、分かっていなかったでしょう。

もし人が言うように
「”仙人さん”なんて名乗る人は怪しい。
宗教だと何故分からないのか、
今すぐ一切繋がりを断ち切れ。」

なんていう言葉を真に受けていたら、
と考えると、逆にゾッとします。

臨終に向かう大事な家族の状態を
黙って医師免許を持つ知らない人の言葉に
はい、はい、と頷くだけしかないのですか?

専門家が言うから間違いないのですか?
専門家が言うから仕方ないのですか?
専門家が言うことは自分には分からんですか?

それはあなたが(患者本人でなくても)
「あなたの戦い」から
逃げているということになりませんか?

私の話している意味が分かるでしょうか。

がん患者を抱える家族の
毎日の不安や畏れなど、
家族であっても、
人の「痛み」を理解してくれる訳ないのです。

結局他人事だから、どうでも良いのです。
楽しい外出の話の方が重要度高です。

どんなに愛する娘が転んでも
その痛みを母親の私でさえ
実際に感じることは無く、
想像して共感することしかできないのですから。

過剰反応も「自分を巻き込んでくれるな!」という
子犬の威嚇行為のようなものです。

じゃあ、本当のことを
誰だったら私が分かるように日本語で
教えてくれたの?と
逆に訪ねたくなります。


仮に私が医療関係者だったら
内部告発もめんどくさいしバカをみるので
わざわざそんな事もしません。

でも、生きていく中で
私が本当に苦しいと思ったからこそ
書物に求めた答え、

私が本当に知りたいと思ったからこそ
探したこと、

表現しなければ生きていけないから
こうして早起きしてでも(笑)
表現活動せずにはいられないこと、

こういう私の核にある大切なことを
彼らは理解できず、
わざと踏みにじってまでも、他人の注意を
自分へ向けようとするのです。

自分の言うことを聞け、
自分の言うことが正しい、
自分はお前より上だ、
何故自分のことを尊重しない、

マズローの欲求段階でいえば
全て低次の尊重欲求です。

でも、そもそも人を尊重しない人は
人から尊重されないのでは?


結論を言うと、

私を信用していない人から
私が振り回される必要はありません。


人をコントロールしようとしていること自体、
無知厚顔な土足行為であることに
何故気が付かないのか?
それが私からの問いかけです。

子どもの頃から機能不全の「家族」を支えようと

膨大な本来自分のものである時間と
膨大な本来自分のものであったエネルギーを
家族のために費やしてきた

これはお互いアダルトチルドレンだった
私達夫婦が、
新しい人生の一歩を踏み出す
始まりの話でもあります。

そして人口95%の人達の
無邪気さに罪はないし、
彼らが本当に理解することも
ありえないから、

話をしたところで、
また時間とエネルギーの無駄で、
いつもの怒りと悲しみ中毒を繰り返すだけなので、

もう私は相手にしません。

彼らは彼らで、幸せに過ごした方が良いのです。
お互いの身のためです。

私は義父のことを
決して手離しで好きだった訳ではありません。

義父もまた、逆の立場であったとしたら
相手を気遣う理由もないでしょう。

でも、今回の経緯から
私は時間が限られた自分の人生で
1分1秒も無駄にする時間は無いことを
深く胸に刻みました。

私が今、
集中すべき大事なもの
集中すべき大事なこと
集中すべき大事な人

そういうことが見えてきたし、
私の認識している以上に
重要度も高いのだという事です。


集中治療室は、
大病院の「核」とも言える
中心部にありました。


集中治療室に到着した夫はまず、
「落ち着いて周りを見ずに
まっすぐパパのところへ行くように」と私に話し、
まず娘を義父に会いに連れて行きました。

私はICUのことよね?
前にも入ったことあるし大丈夫、と思いましたが
私の順番になり、
ドアを開け奥に進むにつれて

UFOの中のような異次元空間に
まるでエレベーターに乗った時のような
不思議な足元のふらつきを覚えました。

あれだけの機械設備が
常時稼働しているのですから当然でしょうが、

集中治療室の待合室に入った時点で
異常なほどの電磁波が乱れ渦巻いているのを感じ、
その独特の空気感というか、
圧迫感で息苦しさを覚えました。

平常から断絶された
本来入るべきではない
別世界に来たこを悟りました。

同時に、人間の身体は自然な状態で
これだけの最新テクノロジーを施された機械設備があっても
追いつけないほど、

完璧に設計されていることに
畏敬の念を感じずにはいられませんでした。




つづく

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西洋医学の終着点~集中治療室 No.5 抗がん剤副作用

  •  投稿日:2016-03-22
  •  カテゴリ:健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.5 抗がん剤副作用

BIOレシピビオキッチンヨーロッパぶどう

生命の不思議の世界を宗教というなら
最新の科学技術や医療技術を過信することもまた、
誰かに意図的に洗脳された”宗教”です。

昨年の春、
ロッキー山脈のどこかの山奥で
自然療法を試みる
先生の授業の存在を知り

西洋医療とは違うアプローチを
通信教育で学び始めました。

このブログで紹介している「X-POWER」です。

先生は小学生の頃、
医学の専門書を手に取り
その後アメリカで医学部を目指した
空手部主将だったそうですが、

正義感が強い人なので
ケンカをきっかけに
高校を退学になってしまい

正規の医学の道から
外れてしまったそうです。

その後、大学に入り直そうと
何度も強い衝動にかられ
大学(ハーバード)の窓口に
願書まで出しに行ったそうですが、

その頃すでに
ご自分のビジネスが軌道に乗り、
クライアントもいる中で
ご自分のやるべきことや使命もあり、

また学問は独学した方が早く
その方が自分に向いていることも分かっていたので
8年以上かかって医師免許を取るよりも
自分で独学する道を選ばれたそうです。


私が知るより随分前から、
日本では活動されていて
通称「Mr.X」の名前で
すでに全国に知れ渡る方です。

日本国内にいる何千人もの生徒だけでなく
複数の医師や大学教授などをクライアントに持ち
彼らが口を揃えて「天才」と評しています。

先生は茶目っ気たっぷりで憎めないところもあって
ご結婚後に復帰された後も、
あえて偽名を使わずに
「仙人さん」というペンネームで活動されています。

また実際にロッキー山脈の山奥で、
牛の「太郎」や鶏を飼ったりして
自給自足の生活を目指されています。

私もある意味、
ベルギーというトラピスト修道の地で
仙人生活に片足をつっこんでいると思いますが…(笑)。

私も複数の授業を受講してみて
先生をひと言で表すなら「天才」であり
「熱血先生」であり
「一流の教育者」だと思います。


かなりIQ高いな、
この人には及ばないな…と
前評判の時点で
みんながそう、思っていた訳です。

だから私はまず興味深々で
「仙人さん」の授業を聞き始めました。


BIOレシピビオキッチンヨーロッパキャベツ


私は元々、九大病院♡LOVEで
独身時代は頻繁に九大病院を
ヒーリング代わりに使っていた人なので

自然療法の存在は知っていても
がんの対処法としては懐疑的で、
むしろ恐らく皆さんと同じように

「効果あるの?基本的に?」

と思っていました。

授業の中で、仙人さんは
自分の所へ来るがんの患者さんは
すでに病院からも見放された
末期の患者さんが多いということもあって

ほとんどの人が亡くなってしまうことを
最初から正直にお話しされています。

私も自然療法は「効果あるの?」
なんて疑っておきながら

発見されて日が浅く
まだ治療法が見つかっていない
ランフォーム・ドゥ・モントゥを患う義父に対して

自然治癒用法を施しても
最終的には救えないことと知り、

夫や娘のことを考えて
正直、落胆しましたが、

それでも、患者さんたちは最後まで
本当に健常な人と同じような
クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を保ちながら
余命を過ごされるのだを話されていました。

クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)が
大切であることはホスピスや末期医療の現場でも
よく話されていることです。


手の施しようのない患者に
医師は「冷たい」とよく言われます。

私の家族も入院しておきながら
詳しい説明もよくよくされず
殆どほったらかされたまま
他界したケースもあります。

手の施しようもなく
死に向かいつつあるがん患者が
生きている時間をどのように過ごすのか。


逆に言えばそれしかサポートする道がないと
言えなくもありませんが

私は死の不安や恐怖から
自分でコントロールできないほど
感情が激しく動き、2週間に一度
躁鬱の症状を繰り返し発症している義父を見ながら

「生きている今が大事なのに
何故それが分からないのか。
なぜ家族を苦しめて
貴重な家族の時間を無駄に使わせるのか。」と


何度お説教したくなったか分かりません。
実際に怒りをぶつけたことも、何度もあります。

だけどそれは、
私が病人でないから言えるきれい事だということは
分かっていました。

本当にがん患者の心理を理解できている訳では
なかったからです。

そして何よりも
そんな義父と日常を共にしながら

義父の病気が悪化する時のことを考えるのが
耐えられないほど恐ろしかったのです。


かつて学芸員として担当した美術展で
作家一人の人生を背負うことでさえ、
すごく重たい作業でした。

その作家がどう生きたのか、
人々に何を伝えたかったのか、
毎日その人の足跡と向き合い、
彼のことを考えて、考えて、

誤解を恐れずに言えば
最後はその人のスピリットが自然に降りてきて
神かがるというか、作家と一体になるというか
ミーディアムに近い作業をすることになります。

そうでなければ、
人の心に働きかけるような
良い展覧会はできません。

ましてや治療法がまだ見つかっていない
ランフォーム・ドゥ・モントウを患う
行き場のない想いを抱える義父の人生を
私達家族だけで支えることは

正解がある訳でも、そして
いつ終わるのかも分からない
(しかも良い終わり方ではないことが予め分かっている)
重責であったことに違いはありません。

BIOレシピビオキッチンヨーロッパアイビー


そして夫もまた、
義母の早世後のストレスと不安から
「クローン病」という明確な治療法がない
難病指定の病気を潜在的に持っています。

夫は覚えているのです。
6歳から11歳まで看病した母親が
意識はなくとも、まだ息のあるうちに処方された
ピンク色の錠剤のことを。

私は中医学や漢方の概念が全くない
日本の医療とまた違う
ヨーロッパの西洋医療を
全く信用していません。


例えばヨーロッパには冷え性という概念がありません。
でも中医学や漢方の考え方では
身体全体が繋がっているものとして
認識されていると思います。

「胃が痛い」「頭が痛い」と言えば
ぼん、と箱ごとお薬を処方して終わりというような
単純で力づくの西洋医療の対処法では
メンタルから来るクローン病は治りません。

日本人なら大体、誰でも
感覚的に私の言っている意味は
分かるのではないでしょうか。


でも、日本の医療も西洋医学の最先端を
常に追っていることに違いはありません。
だから私は日本が追う西洋医学の先に
何があるのかを発信しています。

私は西洋医療に反対する訳ではありません。

でも、西洋医療や化学薬品のお薬が最大の威力を発揮するのは
体力のないお年寄りや劣悪な衛生環境下、
また緊急の時であって、
何かが発症した後の話です。

免疫力をつけることで病気を予防したり、
安定時にどう過ごせば良いかという話を
普段の生活の中で実践する話はあまり聞きません。

日本は東洋と西洋の中立を行き
東洋医学の考え方を
捨てるべきではありません。


ましてや最先端テクノロジーという宗教を
信じ込まされている
戦後「リベラル」世代には
その盲点が見えていません。

私は医療のプロではありませんが、
西洋医療の限界は
実際に夫と複数の日本の病院にも訪ね、

私自身が得意とするキュレーターとしての
情報収集力をもって
最終的に得た結論でもあります。


だからこそ、私は私の大切な人や愛する家族は
お医者さんという知らない人に頼るのではなく
できる限り私が自分の力で守りたいと思っています。

「X-POWER」を受講した今では
熱を下げることよりも
抗体をつけることの方が大事と分かっているので
むやみに病院にかかったりすることもありません。

BIOレシピビオキッチンヨーロッパ庭のスノードロップ

実際、「X-POWER」のアプローチも
義父に何度か試して欲しいと思いましたが

既に10年近く化学療法をうけ
抗がん剤を飲み続けていたため
もう身体が受け付けてくれませんでした。

でも、結論から言えば、

最終的に最後の集中治療室の恐怖に比べれば
10年間の精神的苦痛も
晩年の衰弱も
何ということは無かったのです。


もしフレッシュなにんじんジュースを飲んでいたら
少しくらいは、寿命をのばすことに
繋がったのかもしれないし、
それでも結果は同じだったかもしれません。

正解は誰にも分かりません。

こちらの考え方では
ベルギーの大病院の集中治療室で
ドクター達が「手を尽くした」ことに
変わりはないからです。

でも、仙人さんが最初の授業で話されたように
大好きな家族と離れる寂しさに比べたら


例えその後吐き気がしても、
少しくらい恥ずかしくても、

・腎臓&肝臓デトックスのためのレモン&ライム水も飲める

・栄養素と酵素摂取とデトックスのための野菜ジュースだって飲める

・白血球を開放することで身体の負担を減らすための
自宅での簡易エネマ(腸内洗浄)だってできる

そのことをはっきりと再確認しました。

仙人さんは
「ありがとう、先生。」と手を握って
お礼を言われながら
患者さんを看取ったこともあるそうです。

義父を看取った今だから分かるのですが
がん患者で病院で亡くなる人が、

「ありがとう、先生」と感謝を述べながら
安らかに亡くなることは
稀なことと思われます。

ホスピスや末期医療専門の現場ならともかく
がんという病気で安らかに…なんて
実際にはとてもありえない夢のまた夢であることを
この目で見てしまったからです。

6年という時間があった私達家族でさえ、
愛する義父を看取ってなお、
安らかな顔で休息する
天使の像に慰めを求めたほどです。

BIOレシピビオキッチンヨーロッパ黒いちご

何度も繰り返しますが
私はあくまでもがん患者の家族であって
医療関係者ではありません。
全くの素人です。


ですが6年間、義父と一緒に暮らし
最後の1か月の義父の入院中、
がん病棟に通って分かったことがあります。

全く見当違いの的外れかもしれません。
ですが、がん患者に寄り添った
家族としての、率直な印象です。

第一に、がんは虫歯のようなもので
一度出来てしまうと
手術をしても放射線、また化学治療をしても
何度も繰り返しできてしまうものであること。


これは一度がんができてしまった
体内環境を変えない限りは、
また新たながんができる
可能性があるのではという意味です。

具体的には身体の免疫力はどうか、
ペーパはどうか、中性を保っているか、
デトックスはできているか、などです。

実際、私の家族が過去切除手術をした時にも
放射線治療後、再発して入院している人を
複数人見かけました。

また義父の場合も、
何よりも10年前の初回の診察が遅れたことが
まず致命的であったと感じますが
治療後、何度も場所を変えて再発しています。

立花隆さんの著書にもある通り
がんは生命体維持の過程で
どうしてもできてしまうものです。


だからがんが進行して
転移したからというよりも

体内環境を変えなければ
また新しいがん細胞は生まれてくる可能性を、
否定できないという事です。

私はこのブログでヨーロッパの西洋医学への
疑問をぶつけていますが、
実際、ベルギーのがん治療のレベルが高いことは確かです。

そうでなければ、がんの権威のドクターも知りたがった
秘密の伝統食材を摂っていたとはいえ、
義父も比較的安定した状態で
こんなに長生きできていません。


日本であれば恐らく無理であったろうと思われる状態から
多少強引でも、力づくでも
実際に2年も余命を超えて生きることができたのですから
これは称賛に値します。

ですが、たとえがん細胞は
切除しても、焼いても、化学反応で消滅させても
それで終わりではありません。

最初のがん発見は、本人にとっても家族にとっても
いつ終わるとも知れない
長い長い戦いの幕開けでしかありません。

だからこそ、できるだけ早い段階での
早期発見と体質改善が鍵になります。

BIOレシピビオキッチンヨーロッパ休息する天使

第二に、がん治療は副作用もがんと同じくらい怖いということ。

常に「コルチゾン」をはじめ、抗がん剤を常備し
忘れないように飲んでいても
それは患者の細胞に酸素を行き渡らせる
大事な毛細血管を次第に収縮させ、

細胞も免疫力も弱まることに繋がります。

こうなると、もう細胞に栄養を与えデトックスして
免疫力を高めるために野菜ジュースを飲んだとしても
栄養も、そして酸素も
身体中に行き渡らないのです。


私はこの10か月間、
義父の美しい手から次第に血の気が失せ、
日に日に白くなっていく様子を
やるせない気持ちで見ていました。

部屋に暖房が入っていても
「寒い、寒い」と言いながら
毛布にくるまって過ごしていました。

病気を治すために薬を飲んでいるのに
身体の末端にある毛細血管にまで
血液が届いていないのだから
本当に可哀そうなことです。

抗がん剤で始めてしまった治療は
もう途中で止められないのです。

放射線治療も化学療法も同じことで
副作用の恐ろしさを、ごまかさずに
はじめにきちんと認識してから
治療法を選択するべきです。

そして、だからこそ、病気になってしまう前に
普段から意識的に
免疫力を高めておくことが
極めて重要なことになります。

これこそが仙人さんの推奨される
毎日の健康ルーティン
「運命の1時間」の過ごし方に
凝縮されている内容です。

ただし、私が話している内容はあくまでも
書店やTVなどで見かけるひとつの情報として
考えてもらって構いません。
何を信じるかは人それぞれに任せます。

大切な家族や友人には
普段から免疫力を高めるように
意識して気を付けてもらえれば
それがどんな方法であろうが、私は良いです。


がんという病気は、ざっくり言うと
臓器ががん細胞に侵されることによって
機能が停止し、身体全体が
機能不全を起こしてしまう病気です。

仙人さんの授業を聞いて
最後は吐血して倒れるかもしれないことも
予め分かっていました。

それを一番最初に見つけるのは
多分私かもしれないと覚悟もしていました。


だから、弱っていく義父を見るたびに
その日が今日かも、明日かもしれず
心の底から恐ろしかったのです。

※同じように感じていたのは
私だけでは無かったようで、
後日義父の入院を知らない掃除婦さんも
義父の姿が見えないことでパニックになっていました。

義父の入院で1か月間がん病棟に通って分かったのは
がんの治療はそれまで日本で聞いていたような、

がんになって放射線治療や化学療法を受けると

・髪の毛が抜ける人もいる
・手足や顔が浮腫になってむくむこともある

というような、生ぬるいレベルの
話ではないということです。

なる人もいる、のではなく、
ならない人を見ないのです。


髪の毛が抜けたり
浮腫も身体の水分を上手く調節できず
浮腫になるのはまだ序の口で、

義父の場合はこの10年間
数度にわたって受けた
化学療法と抗がん剤の副作用で、

極端に皮膚が薄くなり
身体の内側と外側の浸透圧が調節できず
体液が皮膚を通過してしまう状態でした。

以前、夜回り先生(水谷先生)の講演で
シンナーを吸っていた息子の遺灰を見た母親が
「私はシンナーが憎い」と号泣した話を聞きましたが
それに近い状態になります。

化学療法や抗がん剤を使用した身体は
亡骸となった後も
残念ながら普通の方のように
安らかにはいられないのです。

以前「オーガニックしいたけ」が
必要になった訳をお話ししましたが、

さらに化学療法と抗がん剤は
生命維持に欠かせない
免疫機能システムを破壊します。

ただでさえがんで弱っている身体を
守るバリアが無くなってしまうのです。

生まれたての赤ちゃんでさえ
母乳(特に初乳)を通してお母さんから受け継いだ
免疫でバリアをはって一生をスタートさせるのに

化学療法や抗がん剤が
ただでさえ弱っている患者を
さらに丸裸にさせてしまいます。

実際、最終的に
がんの進行と同じくらい問題になったのは、
ウイルスと細菌感染をはじめとする
8種類以上の敗血症でした。

入院の日を追うごとに
また新しい感染症が見つかる状態だったので
実際は10種類以上の感染症が
「現在進行中」の状態でした。

そして致命的なことに
腎臓の機能までをも著しく弱らせ
結果的にがんよりも先に
腎臓の機能を停止させてしまいました。

※ここも腎臓に影響を与えることがある、
影響が出る人もいるという、
生ぬるいレベルではないという事です。

腎臓透析を24時間回して生き延びても
身体は繋がっているので、

一つの臓器の停止は
もちろん他の臓器にも
直ちに影響することになります。


つづく


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西洋医学の終着点~集中治療室 No.4 がん患者メンタルサポート

  •  投稿日:2016-03-19
  •  カテゴリ:健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.4 がん患者メンタルサポート

BIOレシピビオキッチンヨーロッパフェンネルの花

義父の場合は義母さんも早世してある中で
10年にわたる壮絶な闘病生活。

簡単ではなかったけれど
そのうち私は6年間を一緒に過ごさせて
もらいました。

常に死の恐怖と隣り合わせの生活。

がん患者を抱えての生活は
やはり普通の家族の姿とは
違っていたと思います。

たとえようのない重たい空気が
常に家の中に流れていました。

本当は何度もこの場所を捨てて
飛び出したかったのです。

それでも今の私にとっては
人生の転換期とも言える
胸にかたく刻む経験となりました。


もともと「3年生きたら大満足」と聞いていたので
夫にひとり親の後悔だけはさせられないと思い
私が渡航を決めました。

もし義父が病気でなかったら
私はベルギーに来ていませんでした。

医食同源をテーマにした
このブログも存在していなかったでしょう。

これはこの6年間のヨーロッパ生活の中で
一世代分感覚が飛んだような
18世紀王政時代の古いフランス文化を守る
ワロン(ベルギーのフランス語圏)人の義父から教わったことです。

科学技術に包囲された
先進国の人達が忘れかけた
大切なことだから

価値ある内容と信じて
情報発信しています。


私は今もどこかで
義父と夫を支えることが、今生与えられた
私の使命のひとつであったと
改めて納得しています。

それでも実際は、
人一人の人生を支えるのは重すぎるので
元々は頻繁に往復するという名目で
こちらに渡航したはずでした。

ですが6年前に私が渡航した時点ですでに
義父は重度の躁鬱を2週間に1度の割合で繰り返しており
私達家族は義父の一挙一動に振り回されました。

何をしていてもぴったり後ろをついてきて
意味の分からないフランス語で話しかけてくる義父を
正直「怖い。頭がおかしい。」と思いました。


一緒に過して3週間目の朝、
夫に「職場について行きたい」とお願いして、

約1年後に自分たちの家の改修がひと段落つくまで
当時はまだ入れた
総司令本部に毎日ついて行きました。

侵略の歴史が色濃く残るヨーロッパ人の義父は
常に息子夫婦にも「家を取られないように」と思っていたようで
かたくなに冷水と熱湯しか出ないシャワーも
変えようとしなかったので

本部内の語学学校に通うついでに
プールに併設されている
シャワーを毎日浴びに行きました。

でも、だからといって「精神病」とか
「最近は良いお薬があるのに」とか
そういうことではないのです。


義父は死ぬことをとても怖がっていました。
日本人の生死感とは違うと思いました。

彼は常に死と隣り合わせの孤独に耐え切れず
家族に甘え、悲鳴をあげていただけです。

以前の手術後に発症した
帯状疱疹の後遺症もありました。
神経がかなり衰弱し、敏感になっていました。

家族にも理解してもらえない
そんな孤独や不安を

もし義父が境遇を同じくする人と
分かち合うことができていたら

お互いに励ましあったり
また反対に冷静に自分の置かれている状況を
観察する機会さえあれば


あんなに無駄に苦しまずにすんだのに、と
今でもそう思います。

結論を言えば、この10年間
どんなに精神的にもだえるように辛くても
どんなに身体が衰えて心の悲鳴をあげようとも

最終的に最後の集中治療室での恐怖に比べれば
何ということは無かったのです。

友達でも家族でも
人はそれまでたとえ頻繁につるんでいた人であっても

病気と知ったとたんに蜘蛛の子を散らすように
病人に近づくのを恐れ
見守りの姿勢に入りますが

それは患者とその家族を
孤立させるだけです。

人は「何か必要な時は連絡してくれ」と
親切顔して言いますが
その人が死に向かっていることではなく
今、生きていることに注意を払うべきです。

じっと葬儀の連絡を待つよりも
見舞いに来て顔を見せるなり
患者や家族の頑張りを理解してくれる方が
よっぽど親切だという意味です。

「生きている間はくれぐれも皆さんも身体に十分気をつけて、
今生きている人に愛情と注意を注いで大事にしてあげてください。
それが義父の願いです。」


これは幼い頃から一人で献身的に
両親の看病をしてきた夫の言葉です。

同時に、かりそめの関係なら
わざわざ敷居をまたいでもらう必要もありません。
その方が私達も、よっぽど余計なことに
エネルギーを使わずに済みます。

そして病気と分かっていても
わざわざ会いに来てくれたり
コンタクトを取ろうとしてくれる人は
どんなにありがたいか分かりません。

がんも糖尿病も高血圧も空気感染で
移ったりはしませんから。
インフルエンザより安全です。

だから、私達家族4人は
小さくても本当にぴったりと
お互いに身体を寄せあって
お互いを守ってきました。


プリミティヴ(原始)的でシンプルで
愛着に基づいた
本当の家族の愛と絆を学びました。


そんな私達であっても、

お互いにもっと早く素直になれていたら
もっと早く彼の孤独を理解していたら
もっとできることがあったのにと
後悔の念は尽きません。


疲れて肩で息をしていても
無理してでも旅行して
新しい風景を見せてあげるべきだった。

義父の好きな魚釣りにも
娘の成長を待たずに連れて行くべきだった。

義父は病気だと分かっていても
最後まで死ぬつもりはさらさらなかったので
本当はできたことを、少し先延ばしにしすぎました。

本当の親子だからこそ見えない
父子の砂時計を
私はただ黙って見守ることしか
できませんでした。


つづく


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西洋医学の終着点~集中治療室 No.3 家族のストーリー

  •  投稿日:2016-03-17
  •  カテゴリ:健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.3 家族のストーリー

BIOレシピビオキッチンヨーロッパ湖の植物

これまでの6年間にも2度
ブリュッセル大病院とホームドクターに
無理やり連れていったことがあります。

1度目は実はホームドクターが処方した
薬の副作用による薬物中毒でひどく肝臓を患い、
この時は病院の不手際はあっても命拾いをして、

2度目はきれいに2週間に1度の頻度でやってくる
躁鬱の症状の続きで、

言動がおかしかったリ
VIP扱いを求める態度が度を超えたので
ホームドクターに連れて行きました。

この時、ホームドクターが精神科を紹介しようとしたため
本人が激怒して、これまでになく大喧嘩になりましたが
私達も歩き出したばかりで手がかかる幼い娘を抱え

当時は、それまでと同じように
義父の甘えを受け入れるのも、限界でした。

「自分を追い出して、自分の家を取ろうとしてるんだろう!
分かっているんだ!」と吐き捨てられましたが
私達には、早世した義母から受け継いだ家があります。

要は被害妄想なのですが
行き場のない
怒りや不安の感情が肥大し
自分自身をコントロールできなくなっていました。

私の思い込みかもしれませんが
このコントロールできない
感情というモンスターこそ
病気の正体であると認識しています。


身体の症状とは別のところで
患者の感情が精神を蝕み
本人が苦しむ姿を
数年間にわたって目の当たりにしました。

でもこの喧嘩で
義父との距離を取り直したことを機に

それまで4年2か月続いていた
2週間に1度現れていた躁鬱の症状が
ぴたっと収まりました。

感情をコントロールすることは
容易ではないようでしたが
本人が努力していることが
私達にも見て取れました。

本人からしてみたら
「精神病患者にされてしまうと、運転免許をはく奪される」
ことが一番の恐怖だったようですが(笑)、

行き場のないフラストレーションを
家族へあたるのも甘えであって
元々自分でコントロールしようとすれば
できたのです。

そうでなければ、家族も毎日の生活がもちません。

そしてその後の1年10カ月は
娘の良きおじいちゃん(パピー)として
本当に徹してくれ、
娘のために生きてくれました。


娘のために庭の畑を耕し
娘の求めに応じて
一緒に手をつないで草刈りをし

かわいいすべり台をプレゼントしてくれたのも
娘のおやつにフルーツゼリーを
隠して常備してくれたのも
おじいちゃん(パピー)です。

大人同士ではどんなことがあっても
おじいちゃん大好きな娘が

おじいちゃんが現れれば
「パピー!」と両手を広げて歓迎し
足元に抱きつく姿に
何度私達が救われたことでしょう。

入院直前までちょうど1年間
1日4回の幼稚園への送り迎えを
毎日務め上げてくれました。


7人兄弟の末っ子で
母親から「お前なんて欲しくなかった」という言葉に傷つき
母親が他界してもなお、
彼女からの愛情を死ぬまで求め続けた義父。

ベルギー空軍で管制官までした人なのに
彼の自分の「存在」への自信の無さが
感情を素直に表に出すことをためらわさせ、

義父の周囲では
何もかもが複雑に込み入りすぎていました。

本当はできることでも
できないと思い込み
義父の身体を金縛りのように
動けなくしていました。


幼少期から母親にやりたいことを抑圧され
働かされた「リミティングブリーフ」を
本人の力では結局、最後まで
解くことができなかったのです。

その代わりに、彼は忍耐強さという武器を
誰よりも培ってきました。


「自分は一人に慣れているから」が口ぐせで
外出に誘われ、本当は喜んでついて行きたくて
着替えて準備までしているのに

ソファーに腰かけたまま
何度呼んでも出てこないことが日常茶飯事でした。

そんな彼の「存在」を素直に喜び
おじいちゃんにいつも一緒にいるよう
笑顔で愛情を求めてくる孫娘を
どんなに可愛いと思い、

何より彼自身が救われたか
想像にかたくありません。


中医学の考えでは、腎臓が弱い人は
自分の存在そのものに対しての恐怖を
持っている人だとも言われています。

自分のありのままを受け入れ
愛せないことを見直すことが
ひとつの突破口になるという
考え方です。

そして後で振り返ってみれば
この大喧嘩の時期が
ドクターの余命宣告のリミットと重なります。

私達も本人も気付かないところで
やはり心と身体のずれが生じていて
誰かに助けを求めたかったに違いないと
今になって痛感しています。

当時、自分たちに余裕がなかったとはいえ
彼を甘えさせることを拒絶したことには
変わりません。

義父に我慢に我慢を重ねさせ
本当の気持ちを吐露するのを
ためらわせたかもしれません。


私達もそれ以降、
強くドクターに行くよう勧めることも
ある意味、タブーのように
できなくなってしまいました。

躁鬱が収まってからの4人家族が
本当に幸せだったかったからです。

でも大喧嘩以降
私達は一緒に夕食を取ることもやめ
以降はかたくなに
義父も自分で夕食を作り続けました。

私達の家から食卓テーブルも
無くなりました。
夫にとってはそれくらい
インパクトのある親孝行の”失敗体験”でした。

だから最後のクリスマスをきっかけに
一緒に夕食を食べるようになるまでの
1年8カ月の間、

義父はほとんどすべて自力で生活しました。

料理が好きで自分流にこだわりのある人だったので
不機嫌な顔で窓の外に顔をそむけながらの食事より
一人でも自分で料理して
自分の好きな物を食べて

自力で生活できていた間は
それはそれで
良かったのではないかと思います。

でも、義父の体力がこんなにも
あっという間に落ちているという事実に
私達は少し気付くのが遅れました。

義父は義父で私達に心配をかけないように
気丈にふるまって隠していたのでしょうが

私がそれに気づいたのが10月末。

義父と一緒にモンスへ行ったとき、
身体が震え食事もままならない姿に
衝撃を受けました。

この頃、缶の食事が増えてきていることに気付き
一緒に食事するのを再開したいと思いましたが
私達の家がまだ準備できておらず
食卓テーブルが2階に上がったままでした。

私達自身もまだ
3人で一緒に食事できていなかったのです。

やっと全員分の椅子が揃い
再び家族4人が久々に家で揃って
食事することができたのが、
つい3か月前のクリスマスです。

その時のことを記したのがこちらの記事です。

だからそれからは毎日、
年末年始を理由に毎日義父を誘い
はじめて義父も素直に応じる形で
自宅での最後の1か月間を過ごしました。

そしてまさか、たった1か月で
家族4人での幸せな食卓が
終わることになるとは
私自身も思っていませんでした。

私の祖父が「家に帰りたい」と言って
病院で亡くなったので
最後はどんなことがあっても
自宅で看取るつもりだったからです。

でも実際には、一度入院し
病院のシステムに入ってしまうと
状態が悪かったこともあって

最初からモニターが備え付けられ
常に輸血と抗がん剤と抗生物質の点滴につながれ
6度の度重なる手術とその後の経過見で

とてもその管を外して
連れて帰ることは
私も夫もできませんでした。

管を外せば終わりであることが
容易に想像できたからです。


私は結局、
義父の甘えを受け入れず見守るという
「タフラブ」の形で最後まで接したため

私自身、こんなに義父のことが好きで
愛着を持っていたことも

私が実はこんなに彼の存在を受け入れていて
これほど優しい人であったことも

お互い最後の1週間まで
知らなかったと思います。


フレンチ風の毎回の挨拶のキスもしないし
「お義父さん♡」なんて
可愛いことは
間違っても一切言わない嫁です。

それでも集中治療室で闘病する姿に
「Je t'aime.」と声をかけると
はっきりと目を見開いて私の目を見て
「Moi aussi.」(僕もだよ)と応えてくれました。

私はそれに「Oui, Je sais,Je sais.」(もちろん知っていますとも♪)と
笑顔で応えました。

お互い、今ちゃんと言わなければ後悔することを
はっきり分かっていたと思います。

義父の扱いは簡単ではないです。
根っからのヨーロッパ(フランス)人です。
日々のパワーゲームでは
私だって色んな意地悪もされました。

でも、その償いも
「もう良いよ」と声をかけたいくらい
生きているうちに十分すぎるほど
最後に清算してくれたと思います。


どんな義父でも、言葉が通じなくても
やっぱりこんな形で
大事な家族の一員を失いたくはないものです。


病気だから仕方ないことと頭で分かってはいても
少ない言葉でお互いに接した時、

悲しくて勝手にぽろぽろ涙が流れてきてしまうのは
動物的本能で、お別れの時が近づいていることを
感じていたからだと思います。

それよりも、
毎週金曜日に一緒に買い物に出かけたことや
時々マレッツの大聖堂へ出かけて
一緒にベルギーチーズのサンドイッチを食べたこと

そんな本当に何気ない小さな日々が
どんなにかけがえなく
楽しかったか。

懐かしすぎるほどに
今、輝いて思い出せます。


つづく


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西洋医学の終着点~集中治療室 No.2 あなたを守れるのはあなたしかいない

  •  投稿日:2016-03-17
  •  カテゴリ:健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.2 あなたを守れるのはあなたしかいない

BIOレシピビオキッチンヨーロッパばらの実

義父の1か月間のがん病棟生活は
半年ぶりの逃げられない定期健診の日から
始まりました。

前回の定期健診は6月。

結果的に見れば
第2ステージで安定していたはずの
ランフォーム・ドゥ・モントウが直後から突然増殖し

もう2年も余命を過ぎていた義父なのに
突然の増殖はドクターにも予測がついておらず

誰にもきちんと義父の状態を
把握していなかったというのが
事実のようです。

でも素人の私が考えても
正直「そうかな?」と思います。

2年も余命を過ぎていた義父なので
これは想定内の範囲だろうと。

このことは医師であっても
誰も家族ほど親身になって
患者のことを考える人は
いないという事を示しています。


※おそらく日本であればがん患者への
1か月に1回の対面診察は当然と思われますが

まさか血液検査だけでドクターとの面談が無い
(血液検査でひっかかった時だけ面談)というシステムだとは
私達も知りませんでした。

がん患者への血液検査であっても
データがどんなにあてにならないか、
ということです。



だから義父が日に日に衰弱していった
晩年の10か月間、

私達はおかしい、おかしい、と思いながら
毎日を過ごしていました。

このように弱っていくことは
2012年にがんが発見された時点で
予めドクターに説明されていたので

夫も昨年の5~6月頃、幼稚園からのウイルスに
家族中がかかって、最後に義父がかかった時
それまで良かった体調が急変し
「おかしい」と気付いていました。

私でさえ少なくとも
腰が痛いとソファから動かなくなった昨年の夏から
最終段階に入った危機感を感じていました。

現在の医療では治療法のないがんであったとしても
日に日に老け込み、衰弱し
日常生活もままならない状況なのに

何故ドクターは入院させないのだろうと
私達家族はいらいらを募らせました。

9月はじめに義父と二人で話した際、
本人は「6月から調子が悪い」と
確実に悪化の時期を把握していました。

だから本当はその時点で
すぐ病院に連絡すべきだったのです。


子どもの頃、母を同じくがんで亡くした夫は
義父を心配するあまり
夏過ぎから夜中2~3時まで
眠れない日が数か月間続きました。

日に日に食欲も衰え
身体が震えて動けなくなっていく義父を
こんなに心配しているのに

口下手で病院嫌いの義父は
「今度こそ入院させられる。
お前が心配しているから。」と

入院させられるのはお前のせい、とも
受け取れるような訳の分からない言葉を発し
クリスマスの夜、夫が激怒しました。

がん患者を抱える家族が
こういうフラストレーションの
受け止め役になければならないことは
よくあることです。

私も何度、がん病棟で
他の家族も同じであることを
目にしたか判りません。

そして現代の医療で治療法が分かっておらず
何も手の施しようのないがんであっても
進行を遅らせることはできるということを
私達は知りませんでした。


治療はできずとも、少なくとも
寿命を延ばす方法はあったのです。


入院直後から、実はがんの進行と同時に
7~8種類の敗血症と、さらに
複数のウイルスと細菌による感染症が
見つかりました。

入院が長引けば長引くほど
新たな感染症が増えていく状況でした。

義父が日に日にみるみる年老いて
70歳なのにもかかわらず
90歳にしか見えなくなった理由も
腎臓がうまく機能しなくなったためで

入院した時点で、ひとつ半の腎臓が
機能しなくなっていました。

がんの増殖は確かに急激なものでしたが
それよりも長年にわたる抗がん剤と
化学療法のせいで、がんの影響より先に
腎臓が弱っていたのです。


だから半年ぶりの対面診察で
即入院となった時、
分かっていたことではあっても
病院で夫と抱き合って泣きましたが

半面、心配する家族としては
正直ほっとしたことを覚えています。

(でも今はそれが良かったのかどうか
まだ心の整理がついていません。
なぜなら中医学の考えで
「恐は腎を破る」からです。

確かに西洋医学の考え方では
「できる限り手を尽くした」ことに
違いないことは確かですが、

末期がんの患者に対して
1か月で6回の手術が正しかったのかどうか、
これを書きながら私なりに整理できたらと
思ってます。)

途中、本人が藁をもすがる気持ちで
ホームドクターのところに何度も行きましたが
ホームドクターは末期がん患者の彼を
優先診療することもなく

待合室に3時間待たせた上に
普通の風邪薬を処方して返しました。

「何故ホームドクターが患者をすぐ
搬送しなかったのか。」


このことが病院の方で指摘され
ホームドクターにも連絡が行ったので

彼が次に夫を見たとき、
「だから僕はすぐ病院に行くよう言ったのに。」と
その場しのぎの言い訳をするばかりでした。

本当に、自分や家族ほど親身になって
心配してくれる人はどこにも居ないのです。
それがあなたが唯一頼りにする
がんの権威のドクターであっても。


つづく

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西洋医学の終着点~集中治療室 No.1 がん患者の孤独な戦い

  •  投稿日:2016-03-16
  •  カテゴリ:健康
西洋医学の終着点~集中治療室 No.1 がん患者の孤独な戦い

BIOレシピビオキッチンヨーロッパアーティチョーク

この1か月、私は日本よりお薬が10年は
進んでいるだろうと言われる
ベルギーの大病院で

末期がんの人達が療養する
がん病棟に居ました。

私はこれを書くことで
もっと傷ついてしまうかもしれませんが、

自然の中で野鳥や花を愛でながら
慎ましく静かに暮らした義父が
最後まで生きる希望を失わず
どれだけ立派に戦ったのか、

そのことをどれだけ私達家族が
誇りに思っているのかを
忘れないうちに
記録しておこうと思います。


私達が大切な家族の生命と引き換えに
学んだことですから
義父が戦いから逃げなかったのと同じように
私達もきちんと直視する必要があります。

何よりもう二度と
同じ過ちを繰り返したくないのです。
大切な家族は自分の力で守るしか
方法がありません。

そして検索で訪れる
真実を求める人達の力に
少しでもなりますように。


入院するまでの過程については
前のページにも残しましたが

最先端の科学や医療技術を過信するのは
大きな過ちであることを
私はこのブログを通じて
声を大にして皆さんにお伝えしたいと思います。


私達はまだ
30年前にがんで早世した夫の母に続いて
つい最近までがんと闘った義父の
たった二人を助けることもできなければ

夜中にむせる子どもの咳を止めることさえできません。

ましてや膨大な科学研究費を注ぎこんでも
いまだフクシマ原発にロボット作業員を送ることもできず
生身の人間が作業しているのが現実です。

私達人間が解明しているものは
この大きな自然界のたった一部分にしか過ぎません。

逆に科学で証明されていなくても
何千年前の昔から人が知っていることもあります。
実際には製薬会社が未開の地の
伝承にある植物を乱獲しているように

昔からの言い伝えを科学が追っているというのが
正解ではないでしょうか。

人は本当にこの大自然や宇宙の摂理に対して
謙虚で優しいことが一番なのです。

やさしさや思いやりのない人が増えていますが
これも「人間性」のひとつとはいえ
これでは人間に生まれた意味がないと感じます。

具体的に言えば
戦争を含むパワーゲームと
お金や物質優先主義。

これらは生きていく上で確かに必要なものですが
謙虚さや優しさ無くしていては

世界が間違った方向へ進んでいくだけで
待っているのは破滅(自滅)のみで
そこに繁栄はありません。

世界の富裕者がしているように
年間1,000万円をお気に入りの病院に寄付して
最新の医療技術をいつでも受けられるよう
体制を整えたとしても

私達が最先端の医療現場である
大病院の集中治療室で見たものは、

医療という公式看板を掲げた
誰か知らない人(医師)の手による
凄惨な殺戮現場以外のなにものでも
ありませんでした。


大切な家族の命を
医師免許を持つというだけの
全く見ず知らずの「専門家」に
ある日突然預ける―。


どれだけの信用かと思います。
他の業種では有り得ないことでは
ないでしょうか。

一歩足を踏み入れれば
こちらの意識が飛んでしまいそうなほどに恐ろしい
集中治療室の、悪魔の子守唄を聞きながら
周囲が次々に絶命していくのを目の当たりに

私達夫婦と3歳の娘は38.5度の高熱を押して
毎回汗びっしょりになりながら
まだ息のある家族の顔を見に
笑顔で1日3回の面会時間をひたすら通いました。

腎臓透析で生き延びても
いつ肺が、肝臓が、心臓が止まるか分からない。
そんな中ではもうインフルエンザが移ると迷惑とか
そんなうわっつらな他人事は言っていられないのです。

1か月の入院中、義父は最後まで生きることを諦めず
勇者という何にも代えがたい勲章を胸に旅立ちました。



10年前に最初のがんを患った義父が
何度もの入退院を経て

晩年のこの10か月間間に
目に見えてみるみる年老い
日に日に動けなくなっても

1か月に1回の大病院の血液検査では
何も検査にひっかかることもなく
データ上通過してしまい

途中で藁をもすがる気持ちで
ホームドクターの所へ行っても
末期がん患者が優先診療されることもなく

何時間も一人で診療室に待たされ
普通の風邪薬を処方されるだけでした。


彼が患ったランフォーム・ドゥ・モントゥ
(マントル細胞リンパ腫)は
20世紀になってはじめて発見された新しい病気です。

病気は見つかっても
治療法がまだ分かっていないので
がんの権威でもお手上げの病気です。

だからホームドクターにかかっても
直ちに病院に送られることもなく
周囲はただ手をこまねいて
見ているしかありませんでした。

誰も、彼の力になることができなかったばかりか、
一人で戦う彼の孤独を
本当に理解してあげることさえもできなかったのです。


つづく

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生きることの意味~この一秒とていねいに向き合う作業

  •  投稿日:2016-03-04
  •  カテゴリ:健康
生きることの意味~この一秒とていねいに向き合う作業

BIOレシピビオキッチンヨーロッパ緑の地平線

生きていれば、色んなことがあります。

良い事も、悪い事も。


でも忘れないで。

すべては神様の福音。

今日よりも善き日を迎えるべく

神様が種を撒き、育てられて

収穫される作業。

今この瞬間の青空も

庭のりんごの木で

あなたに語りかける小鳥のさえずりも。

だからこの世に無駄なことは何も無い。

大丈夫。

すべてが新しい未来へとつながっている。

今日はそんなステップにいるあなたのひとコマ。


生きとし生ける時間を楽しみなさい。

無理だと思って我慢したり

後にしようと引き伸ばさないでください。

あなたの心にもっと素直に

正直になってください。

あなたが生きている時間を

一秒でも無駄に過ごすことはできないのです。

子どもと微笑みあう時間も

家族とくつろぐ時間も

一生懸命生きてください。


家族を大切にしてください。

あなたが思っているよりも

家族はあなたにとって大切なものです。

何よりも優先してください。

家族だからといってないがしろにしていたら

最後に必ず後悔する日が訪れます。


言葉の力を大切にしてください。

ベッドの上であなたが何もできなくなった時

大切な人と気持ちを交わすことができるのは

言葉だけです。

その言葉が本当であるかどうか

それは普段あなたがどう生きているかで

真実かどうかの価値を問われます。


人生を毎日遊びとして暮らさず

多くの余計な言葉をつつしみなさい。

本当に大切なものだけにフォーカスして

余計な荷物を背負い込まないこと。

混乱の大きな原因になります。



あなたが今、生かされて

あなたが永遠のように感じている

今生に与えられた時間は

ほんの星のまたたき。


無となり

ひたすら悠久の時間と溶け合って過ごすほうが

ずっとずっと長いのだから

あなたが愛する家族と過ごす

この一瞬が

何よりもかけがえないのです。





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お薬は使わないでください―抗生物質の真実

  •  投稿日:2016-03-02
  •  カテゴリ:健康
お薬は使わないでください―抗生物質の真実

先日夫が鼻炎でホームドクターにかかったのですが
その時、待合室でこんなポスターを
またまた見かけました。

内容はこんな感じです。

抗生物質は必要な時のみ使いましょう!

・ウイルス
・インフルエンザ
・風邪
・気管支炎

に効果ありません。

BIOレシピビオキッチンヨーロッパアンチビオ

何故こんなポスターがわざわざ待合室に
貼られているのかというと
抗生物質を処方してもらわなければ
不満に思う人が多いからです。

でも実際には、抗生物質を乱用すればするほど
生き延びたウイルスは強いものとなり

ウイルス

抗生物質

もっと強いウイルス

もっと強い抗生物質

もっともっと強いウイルス

が誕生するので、永遠のいたちごっこです。

そんなウイルスによるパンデミックの恐怖を描いた

「アウトブレイク」
「コンテイジョン」
「感染列島」


などの映画の名前を
一度はあなたも耳にしたことが
あるのではないでしょうか。

最近、FBのタイムラインを眺めていたら
たまたま、

「タミフルはインフルエンザには効かない」

という、ショッキングな内容の記事が
流れていました。

確かにこのポスターにも
抗生物資はウイルスには効かないと
書いてありますよね。

でも、あれ?おかしいな?

あんなにTVや新聞の健康欄では
白衣を着た偉そうなドクターが
タミフルの使用をすすめているのに!?

あの人たちは間違ってるの!?
という疑問が湧いてくると思います。

もしかしたら、当のドクター達も
そういう風に信じさせられているのかもしれません。

タミフルを含め
一般的な抗生物質も
使用が必要になるのは

・体力のない高齢者
・体力のない乳幼児
・衛生面の悪い環境に身を置いている人

だけだと言われています。

どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。

一説には、今の医療システムをビジネスとして
構築したのは、大富豪として有名な
ロックフェラーさんだと言われています。

私には詳しい事は判りませんが、

医療ビジネスは彼にとって
ひとつの分野でしかなかったとしても

実際あれだけの大富豪になっているのですから
そこにきっと、お金の流れがあったと見て
よいのでしょう。

外国は日本よりもいろいろとあからさまなので
ホームドクターにかかると
毎回大量に箱ごとの薬が処方されます。

そのドクターがどんなに患者さんのために
一生懸命だったとしても
医療システム上
そういう一面がある、という事です。

もう一度繰り返しますが、
外国は日本よりも色んなことがあからさまですから
ヨーロッパのホームドクターは典型的に

しょっちゅう、診療室が休みになって
趣味の「レイキ」のクラスに通ったり


マリーアントワネットのように
ヨーロッパのお金持ちが必ずはまる
「農作業」を優先して

庶民にはとても手が届かない
大きなトラクターを
悠々と日中、乗り回している人が多いです。


でもこれは何も国外に限ったことではありません。

完全なる私の記憶違いかもしれませんが、

私は春の○○申告時に
沢山のドクターの源○明細書を見ました。

そしてどんなに若い人でも
「~病院の勤務医」でも
年収1,000万円を下回る人は
見たことがないです。

彼らは病院からの給与の他に
100万単位の「講師料」という名の報酬を
製薬会社から受け取っているので
それを○○申告しにやってきます。

ぱっと一般の人が見たら
「こんなに若い先生でも、製薬会社で講師してるんだ、
ドクターってやっぱりすごいんだ!」と
思ってしまうかもしれませんね。

そんなこんななので、
お薬を売れば売るほど
なんらかのお金の流れが無きにしも非ず、という
わけですよね。

まぁ、私の完全なる思い違いとは思いますけど♪

で、話は元に戻りますけど
この日、実は主人はドクターに
前回の診療への不満を
やんわりとぶつけに来たのでした。

前回、鼻炎で苦しむ彼に
彼女がくだした診断は…

「きっとふとんにダニがいるんですよ。
空気中のハウスダストもあります。」

こんなにも、潔癖症で
日々掃除に情熱を燃やす彼に!!

※うちのふとんは抗ダニ布団です。

そして鼻炎薬を箱ごと処方したのですが
これが全く効かなかったのです。

プライドを傷つけられた彼は
その後、すぐに空気清浄機を購入し
空気の清浄度を測りましたが
全く問題なしでした。

しかも、薬が全然効かないので
また薬局へ行って、すすめられた
今度は天然ハーブのスプレーを
試してみたところ…

鼻炎で何カ月も苦しんでいたのに
これがなんと、一発で効いたのです!

だからこの日は、天然ハーブのスプレーや
空気清浄機の説明書など
一式を持ってドクターに報告しました。

そしてドクターが言ったひと事は…

「こっちの方が良いに決まってますよ!
天然だし。」


その言葉にムカッと来た彼は
この日、ドクターからの処方箋を全部破り捨て
家の近くの薬局で
天然ハーブの鼻炎薬を一式、購入しました。

それが、下の写真です。
レシートに注目してください。↓↓↓

BIOレシピビオキッチンヨーロッパお薬

このうち、価格が一ケタ代のものが
一般の化学薬品、
2ケタのものは
天然ハーブから精製されたお薬です。


娘のシラミ退治の時に使った
天然ハーブオイルの時と同じ結果になりましたが、

さらにホームドクターが私達に放ったひとこと、
「こっちの方が良いに決まってますよ!
天然だし。」

という言葉を考慮すると、

効果は天然ハーブの方が高いけど
価格が高価だし稀少なので
庶民にはとても買えないでしょ!?
だから安価な化学薬品を代替処方してあげます。


ということになりますね^^;。

ホント、ロックフェラーさん、
庶民でごめんなさいねって感じです。笑。

まぁ、こんな風に外国はあからさまで
信用できないので、
私は「自分の家族は私が守る」覚悟で
先生の授業を受講し始めました。

「抗生物質なんて、(安心を与えるための)アメよ、アメ。
天然ハーブがどれだけ強いか…」


という先生の授業を聞き始めてからは
ホームドクターにも実際、ほとんどかかる必要がありません。

伝統ハーブにやたら詳しい仙人さん授業はこちら↓
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